無料の会員登録をすると
お気に入りができます

昭和生まれママたちの、子どもの頃の日常が、今思うとすごすぎる編

ライフスタイル
www.gettyimages.com

スマホ、SNS、カーナビ、駅の自動改札などなど。平成の時代は、猛スピードで文明の利器が進化したように思えます。口コミサイト「ウィメンズパーク」には、昭和生まれのママから「よく考えれば昔の人はすごかった」と言う声が上がり、さらに「今では考えられない当時の常識」のエピソードにまで広がって盛り上がりました。第一弾は“昔の人はすごかった編”です。

46歳で出産 女優・加藤貴子「昭和生まれ、ダメ出し至上主義」を変える決意

副菜も洋服も手作りが当たり前。昭和の母は偉大だ!

「よく考えたらすごいなぁと思うのは、やはり母でしょう。レンジも冷凍食品もほぼない時代に、毎日お弁当を作ってくれました。食器はすべて手洗い。洗濯機は2槽式で、洗い終えた服は手作業で脱水槽へ移し替えていました。真冬は手がかじかんで大変だったろうな」

「母はいまだに佃煮、漬物を手作りし、小豆も煮ます。そのほうが安上がりで安心安全と言います。ついついスーパーの商品ですませてしまう、時短な私です」

「裁縫技術かな。昔は服は買うのではなく、作るものだったようです。亡くなった祖母も90歳代の叔母も、学校で普通に和裁を習ったそうです。私の浴衣も祖母が仕立てたもので、数年前に娘の高校の文化祭で着せました。“ひいばあちゃんの手縫い”と言ったら、担任や友人はびっくりしたそうです。母は“和裁の技術は忘れた”と言いますが、今もパッチワークなどが大好きです」

「PTAの総会準備とスポ少のイベントが重なったとき、LINEが鳴り止みませんでした。昔は総会資料はすべて手書きで、連絡はすべて電話と思ったら、ゾッとしました。何度電話をかけても話し中なら、相手の家へ伝言に走ってたのかなぁ。本当に尊敬します」

昭和の家電にまつわる、さまざまなエピソードも寄せられました。

「お風呂をわかすとき、水を張るのも適温(ガスの着火)も手動でした。タイマーのない時代だったから一度ガスを消し忘れて、家がぐわんぐわん揺れるほどお湯が煮立ったことがあり、あのときは本当に怖かったです」

「夫の実家は旧家で、大都会の真ん中にポツンと建つ木造の家です。数年前までお風呂は薪でした。義父が“風呂の準備をするか”と、言うと、夫が庭で薪割りを始めます。コントみたいな展開ですが平成の話です。でも昔はそれが当たり前だったんですよね」

「昔の家電って機能がシンプルだから、ボタンの数がオンオフくらいでした。就職で家を出て、数年ぶりに帰省したら、家電がほぼ最新モデルに買い換えられていました。電子レンジも炊飯器も洗濯機もテレビのリモコンもボタンだらけ。しばらくまともに使えたのは冷蔵庫のみ。今はちゃんと使えますよ」

「2槽式の洗濯機の話が出ましたが、友人が結婚したとき2槽式の洗濯機を買ったんです。ときは平成で、ドラム型もで始めた頃です。売っているのもびっくりだけど、買ったことにもびっくり。“あなたは家事が不得手だから、こっちのほうがシンプルで使いやすい”と、母親からアドバイスされたそうです。1年後、全自動に買い換えてました。“だよね”と、心の中でつぶやきました」

ボタンひとつで作業終了の家電が満ち溢れる現代と比べて、昭和のスーパー主婦たちには、本当に敬意を表します。
次は昭和に存在した街のヒーローたちのお話です。

かざすだけで違反を見つけるプロ技と磨かれた頭脳

「子どもの頃、スーパーのレジはすべて手打ちでした。手元も見ないで数字をすばやく打って、子どもながらもすごい!と、尊敬していました」

「駅員さんが改札で切符パンチを持って、目にも止まらぬ速さで切符にパチパチ入れていました。弟はその姿に憧れて、興味津々で観察していたら、ある日駅によってパンチの形が違うことに気がつきました。足元に落ちているカスを拾って持ち帰り、見比べていました」

「定期券を駅員さんにかざして見せていました。期限が切れていることに気づかず、よく駅員さんに呼び止められました。すごい動体視力ですよね」

いやいや、実は当時の私もすごかった、という声もありました。

「まだ車にナビがなかった時代、事前に地図を頭に入れて目的地へ向かってました。街道の名前や目印となる建物など、おおまかな地図が頭の中に入っていたので、一度行った道は絶対に忘れませんでした。今じゃナビに任せっぱなし。道を覚えるどころか、方向感覚も怪しいです」

オリジナルサイトで読む
記事に関するお問い合わせ