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[6/14〜6/20の運勢]6月3週目の運勢はどうなる?SUGARさんが贈る12星座占いをチェック!

占い

「鳥辺山ほどに濡れゐるあやめかな」(柿本多映)で詠まれている「鳥辺山」とは歌枕の地であり、京都清水寺の南の丘陵地帯であり、平安時代には火葬場、墓地があったこともあり、“無常”の象徴と言えます。

その意味で、「鳥辺山ほどに濡れてゐる」というのは、なんとも壮絶で、底知れないほどの生き様を抱えて咲いている「あやめ」である、ということになります。

「あやめ」は「あやまち」という言葉ともかかりますから、これは自分自身の過去のあやまちを振り返りつつ、それを「濡れあやめ」に見立てているのだとも言えますが、これ以上の解釈を加えることはもはや野暮というものでしょう。あなたもまた、これまで生きてきた証しを何らかの仕方でかたちにしていくべく、みずから動いていくことになるかも知れません。

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今週のやぎ座の運勢

illustration by ニシイズミユカ

尊いとはどういうことか

今週のやぎ座は、みずからの存在の“尊さ”を直感していくような星回り。

「人間が出来て、何千何万になるか知らないが、その間に数えきれない人間が生れ、生き、死んで行った。私もその一人として生れ、今生きているのだが、例えて云えば悠々流れるナイルの水の一滴のようなもので、その一滴は後にも前にもこの私だけで、何万年溯っても私はいず、何万年経っても再び生れては来ないのだ。しかもなおその私は依然として大河の水の一滴に過ぎない。それで差支えないのだ。」

志賀直哉が晩年につづった短文には二種類の自己認識が語られていて、ひとつは自分は数えきれない人間の生き死にによって生じる「悠々流れる大河の一滴」に過ぎない、というもの。もうひとつは、しかしその一滴は「後にも前にもこの私だけ」だという一回限りの唯一無二だという自己認識です。

少なくとも、恩師である漱石の訃報に触れて書かれたともされるこの文章を書いたとき、志賀の頭にはそういう「一滴」は決してむなしいものではなく、それ自体意味のあるものという確信があったのではないでしょうか。あなたもまた、自身の死生観をまざまざと浮き彫りにさせていく機運が高まっていくことになるでしょう。

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今週のみずがめ座の運勢

illustration by ニシイズミユカ

海をつく

今週のみずがめ座は、ふだんの日常生活からは隠れてしまっているリアリティをこそ感じていこうとするような星回り。

「五月雨や蒼海をつく濁り水」(与謝蕪村)は、三つの領域から成り立っています。まず「雨」、次に「濁り水」、そして「海」。そしてこの背後には、それら三つの領域を循環させる森林があります。この循環を通して、人間を含むあらゆる生命が育まれ、つながって生きている。ただ、現実においては汚れや塵を含んだ酸性雨が降っていて、汚れが森林から川へ、川から海へと流れ、生命のつないできた循環システムは壊れかかっています。

なぜこうなってしまったのか。掲句はそのヒントを投げかけてくれているように思います。「蒼海を“つく”」と言っても、これは突き刺したり攻撃することではありません。衝突や意気衝天といった言葉があるように、そこでいったん何かが「尽きる」ということであり、鐘を「衝く」ように「濁り水」を衝くことで、何かが鳴り響いているということ。

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