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鎌倉で愛される絶品広島風お好み焼き。その復活劇の舞台裏

Yuki Harada Ryosuke Kikuchi

旅行・おでかけ

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

8年前に閉店した老舗お好み焼き屋〈かたつむり〉跡地から望む材木座の海辺の風景。

夏になると海水浴客で溢れかえる鎌倉には、3つの海水浴場がある。今回のストーリーの舞台となる材木座は、そのうちのひとつ、材木座海水浴場を擁する、穏やかな海辺のまちだ。

かつて、この材木座海水浴場を望む国道134号線沿いに、家族経営のお好み焼き屋があった。〈かたつむり〉という店名を持つこの広島風お好み焼き屋は、30年近くにわたって地元の人たちの憩いの場として、また、マリンスポーツを親しむ人たちのランドマークとして、まちに愛され続けてきた場所だった。

材木座のまちで27年間にわたって営業し、8年前に閉店したかたつむり。かつての常連客が新店オープン後に持ってきてくれたというこの写真は、現店舗に飾られている。

惜しまれながらも2010年に閉店したかたつむりだったが、なんと今年の春、同じ材木座の地に8年ぶりの復活オープンを果たした。長年この地に暮らす人たちにとって喜ばしいこのニュースの立役者となったのは、当時のかたつむりで学生時代にアルバイトとして働き、その後も閉店までお店をサポートしてきた鎌倉育ちの椿山 尚さんだ。

彼女がかたつむりの元オーナーから看板を受け継ぐかたちで、海辺から少し離れた材木座の住宅街に、新生〈かたつむり〉をオープンさせたのだ。

8年間温め続けた思いをかたちにした椿山さんにとって、そして、鎌倉のまちにとって、かたつむりとはどんなお店だったのか。復活開店に至るまでには、どんな経緯があったのか。店内のターコイズブルーが鮮やかな新店かたつむりにうかがった。

海から少し離れた材木座の住宅街にオープンした新生かたつむり。

1980年、材木座海水浴場の目の前にオープンしたかたつむりは、「鎌倉でもおいしいお好み焼きを食べたい」という広島出身の元オーナーの思いから生まれたお店だ。

オーナーの“ママさん”と、ふたりの娘さんの3人で運営されていたかたつむりで、椿山さんが働くようになったのは、彼女が18歳の頃。ママさんのお孫さんが、椿山さんの弟と同級生だったことが縁で、アルバイトをするようになったそうだ。

「本当に美人ぞろいのファミリーで、それぞれにファンがついていた」と椿山さんが振り返るかたつむりは、飲食店がまだ数えるほどしかなかった当時の材木座において、近隣住民が集まれる貴重なお店として誰しもが知る存在だったという。

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