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7年の不妊治療、出産。生理不順を12年放置して発覚した多嚢胞性卵巣症候群

子育て

ライター“ぶよこ”です。34歳のとき、長い不妊治療をへて、男児を出産しました。7年におよぶ不妊治療と出産を振り返ります。

生理不順を12年放置したツケで、不妊治療が必要に

中学のときから、生理は半年に1度という札つきの生理不順だった私。高校のとき婦人科を受診しましたが、「子宮はきれいだから治療は不要」と医師に言われて放置していました。

でも嫌な予感がして、結婚のタイミングで改めて専門医を受診。生理不順歴12年、27歳で初めて【多嚢胞性卵巣症候群】のため妊娠しづらいことがわかりました。その際、「10代のうちから生理のリズムを整える治療をするべきだった」と言われ、高校のときの診断をうのみにしたことを後悔しました。

結婚と同時に不妊治療をスタートし、近所の産婦人科の通院をへて、不妊治療専門医の門を叩きました。

つらい副作用に苦しみ、夫の治療拒否で4年足踏み

【多嚢胞性卵巣症候群】は、小さい卵胞が卵巣内にたくさんできる排卵障害だと聞きました。根治は難しく、私は卵胞を大きくするホルモン注射を1周期に10回ほど打ち、排卵を誘発する注射を打つ治療を繰り返しました。

排卵時に夫婦関係をもつタイミング療法、夫の精子をおなかに注入する人工受精をへて、治療開始2年で体外受精の段階へ。

しかし、ここからの壁は“夫”でした。「そこまでやらなくても」という夫の言葉。おなかがパンパンに腫れ上がる副作用にも私は耐えてきたのに、何を今さら…。涙ながらに訴えても同意書に捺印してくれません。
月日は2年流れ、しびれを切らした私は夫に内緒で転院し、治療再開。でも体外受精まで進むのにまた2年かかり、私は33歳になっていました。

最後の体外受精で妊娠! でも、だから不安との闘い

転院先でも体外受精を宣告され、夫もついに承諾。なのに肝心の私は精根尽き果て、「これでダメならあきらめられる」と、治療を終わらせたい一心でした。

激痛の採卵で7個採れても、受精に3個成功してもやる気が出ないのです。2個目の卵をおなかに戻した大事な時期も、不摂生な生活をしていました。だから「妊娠しています」の診断に、「まさか」という驚きと「いつまで妊娠を継続できるだろう」という不安しかありませんでした。

「妊娠に必要なホルモンが異常なのだから、妊娠を継続するホルモンも正常なわけがない。切迫流産・切迫早産との闘いになるだろう」と勝手に考え、NICU(新生児集中治療室)がある病院を予約。少量の出血も続きピリピリしていました。

7年の苦労が嘘のよう。トラブルなしでスピード出産

ところが、意外なことに安定期に入ると順調に。大きなトラブルなく、NICUには縁遠い妊娠生活でした。

「何十回も妊娠に失敗したのに嘘みたい」という気持ちで迎えた39週と5日。前期破水で前日から入院していましたが、自然陣痛から4時間50分のスピード出産をすることができました。

産声をあげる赤ちゃん。カンガルーケア。初乳に吸いつく赤ちゃん。安産とはいえ、感動する余力も残っていなかった私は、「出産ドキュメントを見ているみたい」と感じながら、そのシーンひとつひとつをただ冷静に見つめていました。

不思議なことに、産後は生理が毎月来るようになりました。あんなに治療してもダメだったのにと不思議です。でも、あの7年は、この子に出会うための時間だったのだと、今は思っています。

7年の不妊治療の末、妊娠39週5日に体重2656g、身長45cmの男児を出産してわかったことがあります。10代でも、妊娠したい時期じゃなくても、生理不順を放置してはいけませんでした。私の場合の不妊治療では紹介状持参で3回転院しましたが、どの院でもゼロから検査してタイミング療法からやり直しすることに。医師を信じると決めていましたが、それだけで計3年も費やしてしまいました。時間を無駄にしないためにも、もっと話し合うべきだったと思っています。

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