書評家・ライターの江南亜美子が、アラサー女子におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、気持ちが前向きになる、諸隈 元『人生ミスっても自殺しないで、旅』のエッセイと島本理生『星のように離れて雨のように散った』の小説をご紹介します。
タイトルにメッセージは凝縮されている。人生ミスったら自殺する、ではなくて、旅でリセットしようと思えるか。著者は30歳までひきこもり、小説を書いて新人賞応募、落選したので自殺がよぎる頭を強く振って旅に出た。資金は全財産の40万円。行き先は欧州。期間は約1カ月。
むちゃくちゃな動機ながら、いったん出てしまえば風のような移動が始まる。最初は英国で豪華に欧州チャンピオンズリーグのサッカー観戦から。ルーマニアでは野犬に遭遇、クロアチアで日本人の友達にしゃべり倒し、ウィーンで絵画とウィーンフィル堪能、ドイツでATM故障という最大の試練により野宿を余儀なくされ……と続く。旅の醍醐味の、道行く他人に助けと温情をもらうエピソードもないではないが、基本は一人でバタバタする様子が描かれる。
ありがちな紀行文と本書が決定的に違うのは、旅の大きな目的が、著者がその思想に心酔する哲学者ヴィトゲンシュタインのゆかりの地を巡る聖地巡礼の意味も持つから。希死念慮を幾たびも遠ざけ、偉大な論考を後世に遺した彼の、印象的な言葉が本書では随所に紹介される。
「それでも人生にイエスという」
おかしく元気の出るエッセイだ。
『人生ミスっても自殺しないで、旅』
諸隈 元著
晶文社 2530円
「卑屈になるな」旅で得た哲学とは
自殺する前に旅に出る。心血注いだ小説でデビューできず、夢破れた男はそう決心してヨーロッパへ。道に迷う彼に町の人がかけた言葉は「エンジョイ」。人生をどう楽しむか、ヒントをもらえる旅行記。
これも気になる!
『星のように離れて雨のように散った』
島本理生著
文藝春秋 1540円
見ないふりをやめるか別れるか。恋愛を通じて成長する二人
宮沢賢治を研究する春は、恋人との関係に悩んでいた。求められること、求めること。父の失踪という苦い過去から解放されるために、記憶をよみがえらせていく……。痛みの本質を描かんとする、繊細な小説。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2021年10月号掲載