マウンティングされたわけでも、悪意をぶつけられたわけでもない、なのにあの時、なぜか不快に感じたのは、こういうことか――そんな発見をもたらしてくれそうな小説がある。飛鳥井千砂さんの『そのバケツでは水がくめない』だ。
「関係性の話を書きたいと思ったんです。こういうことはたくさんの人が経験している気がしたので」
アパレルに勤める理世は、デザイナーの美名と友人同士のような関係を築くが、いつしか彼女の言動に心がざわつくように。仕事仲間なだけに、なんとか関係を良好に維持しようとするのだが…。
「才能のある人とそのマネージャーみたいな間柄。相手に強く出られないから、どんどん歪みが深くなりそうですよね。理世は善良な小市民タイプ(笑)。真面目で一生懸命な人だと思います。最近は、自分の悩みを他人に相談するなんて悪いと思っている人って結構いる気がします。理世もそのタイプで、一人で抱え込んでいってしまうんです」
それとなく傷つくことを言い、指摘すると無邪気に「悪気はなかった、傷つくと思わなかった」と言う美名。
「相手を傷つけたうえ、“そんなことを気にするなんてお前が小さい人間だからだ”と暗に言って罪悪感を持たせる。手が込んでいますよね」
関係がこじれた理由のひとつは、一度理世が美名のデザインに駄目出しをしたからとも読める。
「否定されて平気な人はいませんよね。でも大人になると、駄目出しされても全人格を否定されたわけじゃないと理解して乗り越えていくようになる。美名はそのあたりの感覚が故障しているのかも」
そんな彼女、どうやら毒親に苦しめられてきたようなのだが、
「そういう背景を知ると、救ってあげたくなるかもしれない。でも専門家でもない素人が簡単にできることではないし、まず本人が自分のことは自分しか救えないんだと気づかないと、人は変われないと思います」
そんな相手に尽くすのは、穴のあいたバケツに水をくむようなもの。
「なのに人は水が溜まらないと、自分のくみ方が悪いのかも、と思ってしまう。そうではなく、相手に穴があいているんだと気づけば、楽になれる。今そういう悩みを持っている人に届くといいなと思っています」
アパレルに勤める理世は、新ブランドのデザイナーに美名をスカウト。親しくなる二人だが、次第に美名の態度が変化し、理世を追い詰める。祥伝社 1700円
あすかい・ちさ 作家。1979年生まれ。’05年、「はるがいったら」で第18回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著作に『タイニー・タイニー・ハッピー』『女の子は、明日も。』『砂に泳ぐ』など。
※『anan』2018年2月7日号より。写真・水野昭子 インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)