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オトナの週末デートにおすすめ♡優美でめずらしいガラス作品の展示会

現在、サントリー美術館で開催されている「ガレも愛したー清朝皇帝のガラス」。ガラスは、はかない、華奢、無色透明というイメージがありますが、中国の清朝時代のガラスは、カラフルで深い彫りの装飾など、高度な技術に支えられています。清朝皇帝に愛されたガラスの特徴や技術、希少性を紹介します。

カルチャー

世界に類を見ない造形美を持つ清朝ガラス

現在、サントリ―美術館で開催中の「ガレも愛した-清朝皇帝のガラス」。これまで数多くのガラス展を開催してきたサントリー美術館ですが、清朝ガラスに真っ向から取り組むのは今展が初めてのこと。
清朝ガラスとは、第4代康煕帝(こうきてい)が工房を開いたことに端を発し、第5代雍正帝(ようせいてい)、第6代乾隆帝(けんりゅうてい)がそれを引きついで発展させたガラスのこと。透明と不透明のガラスを合わせるなど技術的にも高度な作品が制作されました。清王朝時代のガラスは世界に類を見ない造形美を誇り、私たちがガラスに抱く概念を変えてくれることでしょう。

(写真)第2章 清王朝の栄華ー乾隆帝(1736-95)の偉業 展示風景

古いガラスは透明ではなかった?カラフルな色と陶器のような質感

現代では当たり前の透明なガラス。ところが、昔は透明ではないガラスの方が一般的でした。というのも、透明なガラスというのは技術の発達によって生まれたもので、技術が発達するまでは、赤・青・黄色や乳白色のような濁った色など、透明ではないガラスが存在していました。
第6代乾隆帝の時代には、色のついたガラスを半透明なガラスや色ガラスに被せた、「被(き)せガラス」も登場しました。色のついた被せガラスの表面の部分を彫りこむと、下地の透明な色が出てくることを生かした、複雑で表情豊かな作品も生まれました。

本展では、透明度のあるカラーガラスやまるで陶器に見えるような珍しいガラスも展示されています。

ガラスが病気で壊れる?珍しい「クリズリング」という現象

第4代康煕帝、第5代雍正帝の初期の清朝ガラスは、なかなか見ることができません。ガラス自体の成分バランスが原因で、多くが自己崩壊し壊れてしまっているため。これは「クリズリング」と言われるガラスの病気のようなものです。ガラスの表面が空中の水分を引き寄せ、そこにガラス内の成分が染み出すことで、表面に微細な空洞が生まれてしまいます。その空洞によって、少しずつガラスが剥離し最終的には崩壊してしまうそうです。
右側の作品は崩壊の途中のもの。こちらは茶褐色で錆のようにも見えます。本展では、今もそのかたちを残す、大変貴重な初期時代のガラス3点が展示されています。

(写真左)藍色鉢 清時代・おそらく雍正年間(1723-35) 中国 サントリー美術館
(写真右)藍色大鉢 清時代・おそらく雍正年間(1723-35) 中国 大和文華館

はかないガラスのイメージを覆す重厚な清王朝のガラス

清朝ガラスの最盛期と言われる第6代乾隆帝の時代には、学問や芸術が花開き、ヨーロッパの知識をさらに、取り入れるようになりました。フランス人宣教師も製造にあたらせたことで、中国の職人も刺激を受け、お互い切磋琢磨して表現が飛躍的に発達しました。

左の写真は気泡が入った半透明のガラスに赤い色ガラスを被せたもの。よく見てみると、被せた赤い部分を削って、疾走する馬の上で戦う2人の武人を浮き上がらせていることがわかります。

一方、右の写真は、皇帝、皇后専用の色とされていた黄色を使った作品。モチーフとなっているのは、皇后を象徴する鳳凰。一見、貼り付けているように見えますが、実はやすりで浮き彫りにしているのだとか。皇后を表す鳳凰が優雅に尾を垂れている様が描かれ、どっしり重厚なフォルムは皇室にふさわしい作品です。

(写真左)雪片地紅被騎馬人物文瓶 乾隆年製銘 清時代・乾隆年間(1736-95) 中国 サントリー美術館
(写真右)黄色鳳凰文瓶 1対 清時代・乾隆年間(1736-95) 中国 サントリー美術館(辻清明コレクション)

儀式にまつわる品や装飾品だったガラスが、作品として世界に影響

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