三味線のBGMが風流だった店内。メニューの陳列が寿司屋のようで期待が高まります。
週に二回はおにぎりを食べている身としては、行かずにはいられないビブグルマン初掲載のおにぎりの店。「ミシュランガイド東京2019」に載ったことで話題の浅草の「宿六」に伺いました。
地図で見ると近くに「助六の宿」なんて旅館があって一瞬まぎらわしいですが、奥浅草に位置しているようです。浅草から歩いてお昼すぎに到着。列ができているかと思ったら並んでいなくてラッキーと思ったら、お休みの張り紙が。
「都合によりお休みですって~」マダムのお客の残念そうな声。このお店は公式サイトがかなりおしゃれで、お店の最新の営業情報はインスタグラムなどにアップされているようでした。油断してチェックしてなかったのが悔やまれます。今の時代、現代は情強にならないとグルメな食生活は享受できません。
ただ帰るのも何なので、 近くのカフェに入ったら、店員のおじさんが「観光?」と話しかけてきました。おにぎり屋に行ったけど閉まっていたことを伝えると、店主は今旅行中らしいという話、11時前には並んだほうがいいということ、近くのたい焼きやと大学芋の店もおいしい、という情報を得ることができました。
下町は人情圧がすごいです。次の日出直してまた奥浅草に行き、そのたい焼き屋さんに行ったら店主のおじさんが「熱いから気をつけて。しっぽから食べるといいよ」などとフレンドリーに教えてくれました。人情の糸に絡め取られ、ハマったら抜けられなくなりそうな街です。
近くのたい焼きの店「写楽」もなかなかのおいしさでした。他にも抹茶アイスの店など近辺はスイーツが充実。
ついに入店。寿司屋のような高級感漂う空間
リベンジの日。雨が降ったり止んだりしていましたが、10時半から一時間ほど並び、11時過ぎた頃から列が伸びてきました。炊いたご飯が切れると、また炊きあがるまで時間がかかるようです。一巡めに入れて良かったです。
テレビでも何度も見た、寿司屋のような空間に入れて感無量です。店主の男性はわりと若めで、ソフトな雰囲気。優しくにぎってくれそうです。
「東京で一番古い元祖にぎりめし」と張り紙に書かれた言葉を読むだけで目頭が熱くなります。にぎりめし、という単語が郷愁を呼び覚ますのでしょうか。昭和29年創業の老舗です。
テレビによると創業当時からのメニューで、渋めの、椎茸昆布、山牛蒡、しらす、おかか、紅生姜、福神漬、生姜味噌漬け、あみなどが280円、鮭300円、鱈子330円、いくらがセレブ価格で690円でした。一番人気は鮭とテレビで言っていましたが、お客さんの注文を聞いていても頼む率が高かったです。私も鮭を頼ませていただきました。
できたてを一個ずつ皿に乗せてくれます。おにぎり二個と味噌汁のランチで690円~。良心的な価格です。
「鮭2つに梅2つ、おかか2つに山牛蒡2つ、それから......」
ビブグルマンの人気店ならではかもしれませんが、一度に12個とか18個とか頼む貪欲な人が結構いました。あとに待っているお客さんのことを考えると、そんなに大量にオーダーしづらい気もしますが......。
しかし店主は穏やかな微笑みを浮かべてリズミカルににぎっていきます。
そして頼んでいたおにぎりが竹の籠に乗せられ、口に入れると、ふわっとしていました。適度に空気が感じられて新感覚のおいしさ。その空気の部分に浅草の人情とか店主の思いとかが含まれているのかもしれません。
最初に並んでいたお客さんが全員入店し、12時近くになると、入ってこようとするお客さんに「すみません、今満席で、次は2時15分です」と店主が断っていました。2時間半後で、言われたお客さんは一瞬絶句していましたが「またあとで来ます」と受け入れていました。
浅草なら2時間くらい時間をつぶせます。そしてその待ちの間、浅草の別の店で買い物したりお茶したりする人がいたら、宿六は浅草に経済効果を生み出している、ということに。地元に愛され続けるお店が長生きするのです。
高級感漂う店構え。11時半オープンですが11時前に行ったほうが早めに入れます。
辛酸なめ子
1974年、千代田区生まれ、埼玉育ち。漫画家・コラムニスト。著書に、『消費セラピー』(集英社文庫)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『女子の国はいつも内戦』(河出書房新社)、『なめ単』(朝日新聞出版)、『妙齢美容修業』(講談社文庫)、『諸行無常のワイドショー』(ぶんか社)、『絶対霊度』(学研)などがある。
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。