書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、社会が強者に都合よくできているとの気づきをくれる小説2作、市川沙央の『ハンチバック』と高瀬隼子の『いい子のあくび』をご紹介します。
社会が強者に都合よくできているとの気づきをくれる、小説2作。その心の叫びとは
先天性ミオパチーという難病を患う釈華は、背骨が湾曲し、電動車椅子と人工呼吸器に頼って生きる女性だ。痰の吸引が必須で会話は困難でも読むのは得意。ライターとして体験したこともない風俗レポートを書いたり、大学生として卒論を準備したりしている。重い本を読む姿勢は負荷がかかるため、健常性が要求される「読書文化のマチズモ」を憎んでもいる。
釈華は両親の遺産であるグループホームで介護を受けるが、ある日男性ヘルパーの田中に秘密を知られてしまう。それは、妊娠し中絶するのが夢、ということ。田中と秘密裏に夢を実行する契約を結ぶも、体は性行為に悲鳴を上げる……。
「死にかけてまでやることかよ」
ままならない身体感覚がリアルで、それでもやりたいことへの執着に燃える釈華にタフネスを感じる。その姿はシリアスでどこか滑稽でもある。また「紗花」という第三者が登場するラストの意外な展開は、読者の予想を鮮やかに裏切るはずだ。
当事者とは何か。障害者の日常をあらわにして見せる力強さと、小説は本来何を書いても自由という理念をも読者に突きつける意欲作だ。
『ハンチバック』
市川沙央著
文藝春秋 1430円
「本当の息苦しさも知らない癖に」
重度障害者である40代女性を主人公に、ままならぬ体で生きる困難と尊厳の問題が、圧倒的な饒舌体で描かれる小説作品。著者本人が当事者と公表し、デビュー時から話題を呼ぶ。最新芥川賞受賞作。
これも気になる!
『いい子のあくび』
高瀬隼子著
集英社 1760円
「ぶつかったる」女性たちの静かな反逆
理不尽なことにはおかしいと表明したい。仕事場で愛想よくするのは割に合わない。スマホのながら見の人にわざとぶつかる世直しをする「私」を描く表題作など、生きづらさを抱える人々に向けた短篇集。
イラスト/ユリコフ・カワヒロ ※BAILA2023年10月号掲載