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今年は記念すべき年。見逃せない展覧会が開催中

日本画の技法を油彩画に取り入れ、乳白色の肌と呼ばれた画法を確立させた、藤田嗣治(ふじた つぐはる)。第一次世界大戦前よりフランスのパリで活動し、西洋美術界で絶賛された画家です。2018年は藤田嗣治の没後50年にあたり、各地で展覧会が企画されます。藤田嗣治に焦点を当てた展覧会をご紹介します。

ライフスタイル

日本で画家を志しながらパリで大輪の花を咲かせた、藤田嗣治

1886年、陸軍軍医の家に生まれた藤田嗣治(ふじた つぐはる)は、父の上司だった森鷗外の勧めもあって、東京美術学校西洋画科に入学。そこで、洋画家の黒田清輝(くろだ せいき)から印象派風の色で描く、古典的な絵画技法を学びます。
1913年、26歳の時に渡ったフランス・パリで、自分が学んだような絵画がどこにもなく、ショックを受けてしまいますが、ピカソなどの画家と交流しながら、独自のスタイルを追究する日々を過ごしました。そして、洗練された非現実的な世界を描く日本風の感性と、自然を忠実に描こうとする西洋の伝統を融合させ、「乳白色の肌」に代表される独自の画風を確立して成功をおさめます。
第二次世界大戦中には日本に帰国しましたがぞんざいに扱われ、戦後は戦争画を描いたことで、戦争協力者として批判を浴び、日本を離れます。フランスに戻った後は、洗礼名のレオナール・フジタを名乗り、一生を終えました。
今年(2018年)はそんな藤田嗣治の没後50年にあたり、展覧会が各地で開催されます。その中から、東京にて開催される展覧会をご紹介します。

キャプション:『没後50年 藤田嗣治展』より / 藤田嗣治 東京国立近代美術館蔵© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

本好きにはぴったり!『本のしごと文字を装う絵の世界』

はじめにご紹介するのは、『没後50年 藤田嗣治 本のしごと文字を装う絵の世界』。東京メトロ・JR目黒駅より徒歩10分のところにある目黒区美術館にて開催されています。フランスで画家としての地位を確立した藤田は、絵画だけでなく挿絵本の仕事にも積極的に取り組みました。19世紀後半〜20世紀、希少性の高い挿絵本は愛書家たちの収集対象となっており、 藤田がパリに渡った当時のヨーロッパは挿絵本が賑わいをみせた時代だったそうです。
1919年、藤田は初めての挿絵本「詩 数篇」(Quelques poèmes)を手がけ、1920年代には30冊以上の挿絵本がフランスで出版されました。すでに挿絵を手がけていた他の画家たちを上回るその仕事量は、当時のフランスでの人気を反映したものであると同時に、藤田自身が挿絵本の世界に魅せられていたことを物語ってもいます。

本展覧会では戦前のフランスで発行された挿絵本、1930年代〜40年代の日本での出版に関わる仕事、1950年フランスに移住した後の大型豪華本の挿絵などを中心に、藤田の「本のしごと」を振り返ります。 また、絵画や版画といった「絵のしごと」、友人に送った葉書や絵手紙、手作りのおもちゃ、 陶芸作品なども展示し、藤田の幅広い創作活動を紹介しています。

キャプション:藤田嗣治 1928年頃 撮影:アンドレ・ケルテス ullstein bild / Uniphoto Press

藤田ゆかりの画廊でデッサン画などを楽しめる『藤田嗣治展』

続いて紹介するのは、東京メトロ銀座駅B9出口より徒歩5分にある、ギャルリーためながで開催される『藤田嗣治展』。1969年に日本で唯一西洋絵画の名匠を扱う画廊として誕生したギャルリーためなが。同ギャラリーが開廊した当時は、国立西洋美術館が開館10年を迎え、印象派展やピカソ等の代表作家の展覧会により、近代西洋美術を鑑賞する土壌が築かれて間もない頃でした。
当時、フランスでは政府の厳格な芸術保護の政策のため、フランス国外に作品を持ち出すことが困難でしたが、ギャルリーためながの創業者・爲永清司(ためなが せいじ)の交友関係により、当時無名作家だったエコール・ド・パリの作家に着目し、様々な名品が来日を果たしたそうです。その中でも、爲永氏は藤田と親しく交流し、頻繁にアトリエに招かれたのだそう。
本展覧会では才能ある画家を育成し、世に送り出すことに信念を持つ画廊だからこそ実現した、コレクター等による多大なる尽力により、油彩及び線描の際立つデッサン、名品の数々を含む約40点が展示されます。

キャプション:
(左)「少女」1961年
(右)ギャルリーためなが創始者の為永清司夫妻と藤田嗣治、パリを代表する画商ポール・ペトリデス夫婦

初来日作品など第一級の作品が集う!『没後50年 藤田嗣治展』

最後に紹介するのは、JR上野駅公園口より徒歩7分、上野公園の広場を抜けた先にある、東京都美術室にて開催される『没後50年 藤田嗣治展』。藤田嗣治が世を去って50年目になるこの節目に、東京国立近代美術館や京都国立近代美術館、大原美術館などの国内美術館をはじめ、パリのポンピドゥー・センターやプティ・パレ美術館、アメリカのシカゴ美術館などの協力を得て、画業の全貌を解き明かす大回顧展です。
本展覧会は、「風景画」「肖像画」「裸婦」「宗教画」などのテーマを設けて、最新の研究成果等も盛り込みながら藤田芸術をとらえ直そうとする試み。会場では没後直後の回顧展以降、長らく出品されることのなかった作品や、近年所在が新たに確認された作品、そして、藤田の代名詞ともいえる「乳白色の下地」による裸婦の代表作品が10点以上も集まるのだそう。試行錯誤をして見出した独自のスタイル…どのようにしてパリの人々の心を射止め、認められるようになったのか?最新の研究成果を通して、そんな第一級品の藤田作品から、彼の想いを感じてみてはいかがでしょうか?

キャプション:
(左)『没後50年 藤田嗣治展』より / 藤田嗣治 カフェ 1949 ポンピドゥー・センター蔵 Photo © Musée La Piscine (Roubaix), Dist. RMN-Grand Palais / Arnaud Loubry / distributed by AMF
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833
(右)『没後50年 藤田嗣治展』より / 藤田嗣治 自画像 1929 東京国立近代美術館蔵 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

異邦人の眼差しが生み出した創作

19世紀末から20世紀にかけて、藤田嗣治を含めて多くの芸術家達が、芸術の中心であるパリを目指しました。日本人にとって、パリは憧れの地。日本で画家を志しながら、パリで大輪の花を咲かせ、画家という職業をまっとうした藤田嗣治。
是非、各展覧会に足を運びならがら、日本とフランスという2つの国、そして戦争という時代を生きた人生に想いを馳せながら、彼の幅広い創作活動に触れてみてはいかがでしょうか。

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