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[6/7〜6/13の運勢]6月2週目の運勢はどうなる?SUGARさんが贈る12星座占いをチェック!

占い
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今週のふたご座の運勢

illustration by ニシイズミユカ

やがて引き合う私たち

今週のふたご座は、遠くかけ離れた点と点をつないで、一つの星座を浮かび上がらせていくような星回り。

俳人の永田耕衣は昭和30年ごろに出した句集『吸毛集』のあとがきに、出会いは絶景であると書きましたが、昭和が終わる年のインタビューでは次のように語っていました。

『出会いは絶景だと言ったって、誰と会っても絶景だとは言えない。だけど、今日あんたと会うたのは絶景かも知れん。そういう出会いによって人間は個別に、自己の環境を広げていって、その環境を広げるだけじゃなくって深めていって、その人の影響というかな、仏教でいう「善縁」というものを得る。つまり、そういう感覚が絶景感覚よね。』

つまり、自分に生きがいを感じさせてくれたきっかけがあって、それは誰か何かとの出会いだったな、と。永田はそういう感覚を宝物のように大切をしていたし、石川五右衛門の「ああ絶景かな、ああ絶景かな」というセリフも同じことだろうと言っています。あなたもまた、自分の人生を変えた出会いをたどっていくことで、改めて自身の「生きがい」を浮き彫りにしてみるといいでしょう。

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今週のかに座の運勢

illustration by ニシイズミユカ

はるかなスケールの中に身を置いて

今週のかに座は、純粋な偶然性に裸身で触れていくような星回り。

俳句はある日ある時のかけがえのない一瞬が言葉で映し出された表現であると同時に、そこに作者の命のきらめきが込められることで詩となり、芭蕉はそれを「ものの見えたる光消えざるうちに言ひとむべし」と言いましたが、「五月雨や降り残してや光堂」(松尾芭蕉)は、まさにそうした光が異様な瞬きとともに灯った句のひとつでしょう。

掲句の「光堂」とは、平泉中尊寺の本尊である阿弥陀如来を安置した金色堂のこと。建立されたのは鎌倉時代で、作者はその間の約500年の時間の流れを感じ取っていると同時に、長い道のりの果てで自分を待っていたものとやっと出会えたという感慨がそこに込められているのではないでしょうか。

つまり、この「光堂」とは、気の遠くなるようなはるかな過去から残された珠玉の時空であり、また自身が歩んできた道のりの先で待ち構えている可能性としての時空でもある訳で、両者と作者は大いなる循環のなかで一体化している訳です。あなたもまた、今ここに在る自分にさまざまな来し方行く末が映し出されていくことになるかも知れません。

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