紀伊国子
男は金を稼ぐために働き続け、女は家事をこなして家庭を守る。
古くさい考えと思いながらも、そんな男女のあり方を基準に据えてしまう自分がいる。仕事が苦痛な男性や家事が苦手な女性だっているはずで、その役割に決まりなんてないのに。それでも、「一家の大黒柱は男性」という考えが社会の当たり前だと感じてしまう。なかには共働きしながら家事や子育てを完璧にこなす女性もいるけれど、仕事で手一杯の私には無理、できない。そんな現実を目の当たりにするたび、「結婚はまだいいや」って超他人行儀な結論が出る。
多くの人が思い描く“男は外、女は内”とは逆行している関係を「逆転婚」と名づけてみた。そんな「逆転婚」をしているのは、コラムニストの犬山紙子さんと、漫画家の劔樹人(つるぎ みきと)さんご夫婦。一風変わった関係でありながら、2人はとても仲睦まじい。家事をほとんど担当する夫と、一家の大黒柱としてパワフルに仕事をこなす妻。どうして、この2人はこんなにも幸せそうなのだろうか。
■「一度目の告白は逃げられた」。2人の出会いから交際まで
――2人の出会いについて教えてください。
犬山紙子さん(以下、犬山):私と峰なゆかさんで、阿佐ヶ谷ロフトAでトークイベントをしていたとき、夫が来てくれたのが出会いでした。
劔樹人さん(以下、劔):当時、勤めていた会社が近かったこともあり、おもしろそうな音楽ライブやトークライブがあればふらっと立ち寄っていたんです。そこにたまたま共通の友人がいて、その際に彼女にごあいさつしました。妻は今よりも尖っていて、初対面ではキツそうな印象でしたね……。
犬山:一方で、私は謙虚な方がタイプなので、礼儀正しい彼の振る舞いはとても好印象。あとから、彼の素敵な文章と漫画のおもしろさを知り、とても才能溢れる点にますます興味を持つようになったんです。
――それは、恋人候補として? もしくは、友人としてですか?
犬山:完全に友だちとしてですね。最初は、共通の友だちを交えてご飯を食べていましたが、彼と一緒にいて居心地もよかったので、次第に2人で遊ぶことが増えました。彼が何もしてこないっていうのもわかっていたので、家にも招いていましたよ。ただの友だちだからこそ、部屋がかなり散らかっていようと気にも留めず、素でいられる関係でしたね。
劔:そうなんですよ。妻は仕事が忙しくて、廊下に服が山積みになっていても気にしない様子でした。家に誘ってくれて悪い気はしないし、逆に身構える必要のない空気感はちょうどよかった。一緒に仕事の話をしたり、漫画を描いたりしながら過ごすのが次第に日常になっていったんです。
犬山:出会って半年もしたころには、お互いに大事なことを一番に報告するほどの仲になっていました。
――一緒にいて、心地いいと感じることは大事ですよね。では友だちの関係から、交際にいたるまでの経緯を教えてください。
犬山:私、病気をしたんですよ。病名は「卵巣のう腫」。それで気弱になっていたときに、彼は親身になって心配してくれて。仙台で手術をした際には、病院まで駆けつけてくれたんです。付き合う前だけど、そこで私の両親にも会いました。
彼、当時は仕事がかなり忙しくて、睡眠時間もあまりとれていなかったのに、こんなふうに合間を縫って支えてくれていたんです。相手のやさしさと存在の大切さを改めて感じた出来事でしたね。2人の関係をはっきりしておかないと、何かあったときにお互いが動けないということにも気づいた。形式的な言葉があるだけでまわりも納得してくれて、自分たちもストレスフリーに動けるならそうしない手はないなと。
劔:たしかに、妻が入院したのがきっかけでしたね。
犬山:でも、私から告白したら一度目は逃げられたんですよ(笑)。「僕みたいなものが恐れ多い」と。これは「もうひと押し必要」と思い、翌日に二度目の告白で押し切りました。気持ちが通じ合っている実感があったのでいけると思っていましたが(笑)。一度は断ったものの、夫もきっと私のことを好きだったはずですよ‼
劔:……まあ、押しに弱いんですよね(笑)。
■付き合ってすぐに同棲。そして怒りのプロポーズ!?
――付き合ってすぐに同棲をはじめられたそうですが、きっかけはなんでしたか?
犬山: 2人で一緒にいるには、部屋が狭かったのがきっかけ。それなら引っ越そうか! という流れで同棲がはじまったのかな。たまたま私がバリバリと働いていて、夫は仕事をセーブしている時期だったんです。だったら私が家賃と生活費は出すから、家事をお願いできないかと提案しました。
――同棲中にして、早くも「逆転婚」のような関係ですね! その状況にストレスはありませんでしたか?
犬山:まったくないですよ。そのとき、仕事に夢中だった私にとって、家でご飯を作ってくれる人がいることは最高にうれしいものでした。彼のおかげで仕事に打ち込めたし、心が穏やかになるのを感じていましたし。とはいえ、彼にかかる負担の大きさは心配でした。家事を任せきりにしたり、彼に甘えてわがままを言ったりすることが多かったので。
劔:いえいえ、僕も不満はなかったですよ。自分ができることをしていただけです。ただ、難関は妻の洗濯物の整理。レースのような繊細な素材の洗い方がわからなかったり。なんせ女性服は種類が多い。男にとっては何がなんだかわからない服も多いもので。今は話し合って服の管理は本人にしてもらっています。
犬山:申し訳なかったのが、家を出る直前に急いで服を探していて、ついカーッとなってしまったこと。探しながら強い語気で彼に当たったなぁ。それで、いつも家を出てから後悔するんですよ。これは、もはやモラハラなんじゃないかって(笑)。
――分担するにあたり、つまずくこともあったのですね。それからどうやって結婚に至ったのですか?
犬山:彼のいない人生は考えられないと思っていたから迷いはなかったです。あと、まわりから早く結婚しろと野次を入れられるのがかなりストレスで。それでイライラしちゃって、彼に電話をかけたんです。
劔:そこで、彼女が怒りながらプロポーズしてきました(笑)。その電話口で、式の日取りまで全部決めてしまったんです。今思えば、それくらいトントン拍子だったのは楽だった。結婚が決まったのも一大行事ではなく、いつもの話し合いの延長でしたね。