現在、ポーラ美術館では「エミール・ガレ 自然の蒐集」が開催されています。ガラス工芸作家のガレは花や昆虫をモチーフとした作品で広く知られていますが、晩年には海の生物をテーマにした作品を制作していました。本展覧会で鑑賞できる、海をモチーフにした作品を中心に紹介します。
自然をコレクションしたエミール・ガレ
1846年、フランス北東部に生まれたガラス工芸作家のエミール・ガレ。フランス語で「新しい芸術」を意味する、花や植物の持つ曲線をふんだんに取り入れた作風が特徴のアール・ヌーヴォー時代を代表するガラス工芸作家です。「わが根源は、森の奥にあり」と考え、森の住人である植物や昆虫をガラス作品で表現しました。
クラゲはアール・ヌーヴォー的なモチーフ
海洋生物学が発展し海の生物への関心が高まりを見せた19世紀後半、ガレも海の生物をテーマとした作品を制作しました。しかし制作活動は晩年の5年間だけで、作品の数は多くありません。今回の展示は、これまであまり取り上げられなかったガレの「海」の作品にもスポットを当てています。
写真上の作品のモチーフはクラゲ。自然が持つS字の曲線を好むアール・ヌーヴォー芸術にとって、骨のない無脊椎動物の曲線美はとても魅力的に映ったようです。ガレはクラゲを好んで作品のモチーフに取り入れました。
下田海中水族館の藤井美帆学芸員によると、「ピンクのリボンのようなひらひら(口腕)の描き方は、瞬間の動きを絶妙にとらえているように見えるので、きっと実物を見て描いたのではないか」とのことでした。一般的なクラゲといえば透明ですが、ここで描かれているのはアカクラゲ。形や動きを明確に見せるために、よりはっきりとした色のクラゲを題材にしたのかもしれませんね。
(写真左)《クラゲ文花瓶》1900-1904年 北澤美術館
(写真右)鉢クラゲ類 1899-1904年 エルンスト・ヘッケル ポーラ美術館
タツノオトシゴの生態を作品で表現
こちらは、タツノオトシゴがモチーフになった作品です。学芸員さん曰く、タツノオトシゴは、泳ぎが苦手な生物なので、くるっと丸めたしっぽを海藻に絡めて、流されないようにしているのだそう。タツノオトシゴの周囲には海藻があしらわれ、ガレはタツノオトシゴの生態にも精通していて、その知識を作品に反映していたことが伺えます。
(写真)《海藻と海馬文花器》1905年頃 ポーラ美術館
クモヒトデはどこにいる?蓋と本体に特徴が似た生物を組み合せ
作品のタイトルは《クモヒトデ文蓋物》。「クモヒトデ」とは、5本の足で海底を移動するヒトデの仲間です。まず目につく蓋の生物が「クモヒトデ」なのかと思ったら、これはどうやらタコのよう。よくよく探すと蓋物の下に敷かれた鏡に映された容器の底に「クモヒトデ」が存在しているのが確認できました。タコの長い足と「クモヒトデ」の長い足。同じような特徴の海の生物を組み合わせたのかもしれません。
博物学をベースに作品を制作。そして海洋生物へ
ガレの作品は、植物学や生物学、海洋生物学などの博物学的な知識が埋め込まれたものばかり。中でも森は生命の根源と位置づけており、花に対する観察眼は専門家も驚くほどなんだとか。一方、昆虫はデザインの上で変更したのか、足の数や関節の数が実物と異なっているものもあったようです。取り上げるものによって描写の正確さが違うことから、ガレの対象への関心度が透けて見えるようで面白いですね。
では、海洋生物の表現はというと、こちらもあまり正確ではなかったのだそう。ただ、海洋生物学の学問自体が始まったばかりで参考にした図版も正確ではなかったため、描写が正確でないからガレの海洋生物への関心は薄かったとは言い切れません。むしろ海水を取り寄せてクモヒトデを育てるなど、ガレの飽くなき好奇心が透けて見えるエピソードもあります。ガレの作品は、こうした研究や知識をもとに制作されています。生き物についても理解できる展示なので、美術だけでない楽しみがありますよ。
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エミール・ガレ 自然の蒐集
会期:3/17(土)~7/16(月)
会期中無休
会場:ポーラ美術館
時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)