あえて「はみ出す」
とはいえ、私が手がけているのはアート作品ではなく、資金も無尽蔵にあるわけではありません。もちろん、仕事として受けている以上、クライアントの希望や予算も考慮しなければなりません。
例えば紙を折る際、端と端を重ねる四つ折りは比較的簡単ですが、三つ折りは慣れていないと難しく感じますよね。コストのバランスは、それに似ていると思います。慣れていても狙った通りにいかないということもありますから、私はあえて一度「はみ出す」ことも試みています。
そこであらためて必要ではない部分を削り、折り目をつけ直すように調整する。そうすることで、回を重ねるごとにぴったりと折れる=調整できるようになっている気がします。
その一方で、建築や空間デザインに欠かせない、芸術性と機能性の両立は、初期段階からもがいて考えていくことが多いです。特に、機能性についてはクライアントからも求められることが多く、プロとしても確実に提供しなければならない部分でもあります。
自分でも不器用だなとは思うのですが、最初からテンプレート化したものを当てはめていくというアプローチは全くできないので、毎回すごく苦しく感じている部分です。ただ、苦しいがゆえに、方向性が定まった時はブレずに進めていけることが多いですね。
新しさや独創性を求めて芸術性に寄り過ぎてしまっては、より芸術性の高いものに取って代わられてしまいます。何かの気づきを得られる体験を芸術性だとするなら、機能性にも気づきを得られる体験があるはず。足元を見つめ、機能性を突き詰めていくことで得られる気づきを大切にしたいと思っています。
Hirohiko Namba / OTEMOTO
そして、この仕事をするうえで最も重要なのは、施工スケジュール調整などのタイムマネジメント。でも、実は苦手なんです(笑)。時間があればあるだけ考えてしまったり、少しでも違和感を感じてしまうプロセスがあれば、そこから先に進めなくなってしまったり…。
その解決策ではありませんが、できるだけタイムマネジメントが得意な人と一緒に仕事をするように心がけ、迷いがなく決断が早い朝に仕事をするように、個人的な働き方も変わりました。
旅を続けたどり着いた新天地
3年前に長野の軽井沢に引っ越したのですが、忙しくなった時期と重なったこともあり、オフィスがある東京と自宅がある長野を行き来する毎日でした。率直に言うと、東京にはタスクを処理しに来ているという感覚に近かったでしょうか。
また、コロナ禍だったこともあり、オンラインで仕事をすることも増えました。そこで、「自然豊かな軽井沢に住んでいるのに、頻繁にこの街を離れ、家でもモニターばかりを見つめている。これって、本当に豊かな暮らし方と働き方なんだろうか」とふと思ったんです。
Puddleが大切にしているのは、街と場所の境界線をぼかし、その街で働き、暮らす人を主役にしたデザインです。にも関わらず、それを手がける人は行ったり来たりしてあくせく過ごしている。
そこで思い出したのは、「自分自身が良き生活者であれば、それは良き設計者であることにもつながる」というIDÉEでの経験です。頭のなかで良い生活を考えるだけでなく、自分もその実践者になることで考えられることがあると気づきました。
加藤 匡毅(@puddle_masakikato)がシェアした投稿
私は旅が好きなのですが、多くの人が想像するような「家から出かけてまた家に帰る」という旅ではありません。一箇所にとどまらず移動を続ける、いわゆるノマドのような旅です。
どうやら移動する最中の時間も好きなようで、現在住んでいる長野から東京のオフィスに向かう新幹線の車中や、次のプロジェクトに向かうための移動も、私にとっては大切な働く場所。移動することは、私にとって何かに縛られない象徴のようなものかもしれません。
そこで、あらためてどうあるべきかと考えたとき、街の人とのつながりを感じ、生活者として気づきを得ながら働きたいなと思いました。そこで、オフィスを通りに面した場所に構え、働くという時間も大切にすべく決めたのが、すでに関わっているプロジェクトもいくつかあるという縁もあった清澄白河へのオフィス移転です。
植物や雑貨が並べられたオフィス内
Hirohiko Namba / OTEMOTO
とはいえ、カフェなどのお店でもない設計事務所は、お世辞にも入りやすい場所とは言えません。そこで考えたのは、居心地の良い空間の要素をオフィスに取り入れることでした。
私の場合、軽井沢の豊かな自然に癒されていたので、その要素として植物を取り入れたいと思い、メルボルン発の植物ショップ、THE PLANT SOCIETYにコラボレーションを打診しました。先方にも快諾してもらい、平日はPuddleのオフィスとしての活用をメインに、週末はTHE PLANT SOCIETYのショップとしての活用をメインにできる、実験的な場所となる予定です。
通りの植物屋さんにふらっと入ったつもりが、打ち合わせをしたり、図面を引いたりしている人がいた。そんな予想外の出会いを通じて、私たちも新たな気づきをこの清澄白河の街で見つけていきたいですね。