立山連峰を望む高台に広がる田んぼにひっそりと佇む、半地下のサウナ。周りには、レストラン、スパなどの施設が点在しています。ここは、ハーブとアロマをテーマにした複合施設「Healthian-wood(ヘルジアンウッド)」。たった9世帯の限界集落を、世界中から人が訪れる「1000人の村」にするという壮大な構想。仕掛け人は、製薬会社の3代目です。
Healthian-woodの水田で育てた米は、2024年も収穫を終えた
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
立山連峰の麓の小高い土地に、どこか懐かしい田園風景が広がっています。「散居村」という伝統的な集落形態を模し、あえて田んぼに点在するように建物が配置されているからです。限界集落の耕作放棄地だった場所に一つまた一つと建物が増え、人が行き交う様子は、かつて活気があった農村の風景を取り戻したかのようです。
広大な敷地には建物があえて点在するよう配置されている
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ここは、富山県立山町に2020年にオープンした複合施設「Healthian-wood(ヘルジアンウッド)」。前田薬品工業3代目社長の前田大介さんが発案し、同社と関連会社が運営しています。
前田薬品の社員が「複業」としてここで農作業を担うことも。訪れる人だけでなく、働く人たちも心身ともに健やかに過ごせることを目指しているといいます。薬の製造にとどまらず、いかに健康でいられるかを追求して生まれたこの施設にかける思いを、前田さんに聞きました。
「兼務」ではなく「社内複業」
前田薬品の社員180人のうち約30人は「社内複業」をしています。週5日勤務のうち1日は、普段の業務とは異なる業務にチャレンジできるというもの。普段は工場で製造に携わっている人がヘルジアンウッドで田んぼを耕したり、品質管理をしている人がクラフトジンの蒸留をしたり。他部署やグループ会社の業務を積極的に手伝っています。
「兼務」ではなく「複業」と呼ぶのは、個人の成長の機会にしてほしいからです。
ハーブから精油を抽出する機械
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
富山県では人口減少が止まらず、今後はAIの活用も進んでいく中で、複数のキャリアを持つことは強みになります。たとえ今の自分の仕事がなくなっても別の仕事ができると期待が持てると、働くことに幸せやワクワクを感じられるはずです。
前田薬品では2013年にデータ改ざんが発覚し、存続の危機に瀕しました。経営の立て直しをする中で、会社の存在意義に気づくことができました。それは、社員を健康で幸せにするという根源的なことでした。
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前田大介(まえだ・だいすけ) / 前田薬品工業株式会社 代表取締役社長
1979年富山県生まれ。会計事務所を経て、2008年に前田薬品工業入社。過去の試験データ改ざんが発覚したことで2014年、父が社長を引責辞任。3代目社長に就任し、わずか3年で経営を再建。塗り薬と貼り薬に特化し、ジェネリック医薬品の外用剤の売上高国内トップ5に。2020年3月、富山県立山町にアロマ抽出工房を備えた複合施設「Healthian-wood(ヘルジアン・ウッド)」を開設し、アロマ製品やスキンケア化粧品の開発・販売のほか、レストランやスパ、サウナなどを運営。関連会社である株式会社GEN風景の代表取締役として、世界一美しい村づくりを目指す。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
2013年9月、大手メーカーから受託していた製品の安定性試験でデータの改ざんが発覚しました。役員全員が引責辞任し、父に代わって社長になった僕は、取引先に謝罪に回る毎日でした。
1年半ほど経った頃でしょうか。朝、目覚めると鈍器で後頭部を殴られたような強烈な頭痛に襲われ、起き上がれなくなりました。脳神経外科で検査しても異常は見つからず、薬を飲んでも治らず、しばらく寝たきり状態になりました。
そんなとき、友人がカフェサロンに連れて行ってくれました。アロマが焚かれた空間で、深く呼吸しながらボーッと過ごしていたら、いつの間にか頭痛が消えて楽になったんです。それが、アロマとハーブとの出会いでした。
施設内の畑でハーブを育てている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
それまで、アロマにもハーブにもまったく興味がなかったのですが、調べてみるとヨーロッパでは精油やハーブを医薬品として処方している国があり、医療や薬学のルーツでもあることがわかりました。
製薬会社として薬の原点であるハーブを扱いたいと考えると同時に、自分がアロマで元気になれた経験から、人々が健康でいられるための活動をしたいと強く思いました。