あこがれの人、がんばってる人、共感できる人。それと、ただ単純に好きだなって思える人。そんな誰かの決断が、自分の決断をあと押ししてくれることってある。20~30代のマイナビウーマン読者と同世代の編集部・ライターが「今話を聞いてみたい!」と思う人物に会って、その人の生き方を切り取るインタビュー連載。
取材・文:瑞姫
撮影: 佐々木康太
編集:杉田穂南/マイナビウーマン編集部
ヘアメイク:菅野 史絵
スタイリスト:町野泉美
真っ直ぐ、一生懸命に頑張っていても、報われない時がある。不幸が重なって、日々に嫌気が差して、「どうして自分ばかりこんな目に遭うのだろう?」と挫けそうになってしまう時がある。前向きに生きることが大切だと分かっていても、“大人なのだから”と気持ちを切り替えたくても、人間はそう上手くいかない。そういう経験がある人は、少なくないように思う。
そんな風に“不遇”に見舞われながらも、決して諦めずに立ち向かう1人の新人作家の逆襲劇を描いたのが、2024年12月27日より全国公開される、『私にふさわしいホテル』だ。
同年2月に惜しまれながら全面休館を迎えた「山の上ホテル」を舞台にした本作品では、好きな小説のためならありとあらゆる手を使ってでも逆境に立ち向かう、破天荒でチャーミングな主人公・加代子を俳優やアーティストとして活躍するのんさんが演じている。
“自分の好きに対して純粋”でいる、そのためだったらなんだってする。そんな真っ直ぐに生きる主人公について、少し似たところがあると明かしてくれたのんさん。
作中の加代子のように、同じように理不尽な出来事や不遇な境遇に直面した時はどうやって乗り越えるのかと聞くと、意外にも私たちと同じように悩み、嫉妬する人間らしい一面を見せてくれた。
そして、彼女が好きだと語った「自分からスポットライトの下に走っていく」という加代子のセリフと重なる、“自分の好きに対して純粋”な思いで物事を乗り越えてきた彼女の真っ直ぐな強さを知ることができた。
大切にしたのは好きの“純度の高さ”
不遇な境遇や世の中の理不尽さに対する怒りや反骨精神は、ともすれば憎しみに変わるだろうし、湿っぽく重いものになりがちだ。しかし、今作では加代子の決して正しくはないやり方だけど、どこか憎めないキャラクターと、文壇の裏側に迫るリアリティとスピード感あふれる展開で、コミカルかつドラマティックに描かれている。
実際に加代子を演じたのんさんは、どのようにして加代子を応援したくなる存在となるように演じたのか。
「本当に悪いこともしているし、人としてどうかということもしてるので、これが人の目に映った時にも、気持ちの良い人物であるように気をつけました。加代子は『自分が書いた小説を読んでほしい』『小説が好き』っていう気持ちだけはすごく純粋なんです。そこにはよどみがなくて、そのためだったら悪い人になってしまうけれど、それ以外はすごく良い人。
だからこそ、“好き”という気持ちの純度の高さを意識しました。何事もめちゃくちゃ突き抜けさせる。迷いをなくして、猪突猛進さを出せればと思いながら演じました」
自分の好きに対して真っ直ぐに走る。その道を阻むものだからこそ、跳ね除けようとする。悪い人ではあるものの、嫌な人に映らないのは、加代子の根っこの部分の純粋さとのんさんの気持ちいいくらいに振り切った直向きな演技からだろう。
改めて、加代子を動かす感情の根底にあるものを「すごく純度の高い“好き”があるからこそ、権力やしがらみが自分の好きなものに関わってくるのを煩わしく感じるのだと思う」とも話すのんさん。
どこか共感するように語る姿に、加代子と似ている部分はあるのかと聞くと、「少し似たところはありますね。だから、ちょっと私も人でなしですよ」とお茶目に笑ってくれた。
怒りも、悔しさも、原動力として昇華する
好きのパワーは偉大だ。好きなことだからこそ、努力を努力と思わずに頑張れることもある。ただ、のんさん演じる加代子は、不遇に見舞われたからこそ「こんなことで負けてたまるか」と、純度の高い好きに加え、怒りや悔しさをエネルギーとして加速させている。「悔しさをバネに」とはよく言ったものだが、のんさん自身もそういった経験はあるのだろうか。
「怒りが原動力になる時はたくさんあります。というか、ほとんどです。エンジンをかける時にめちゃくちゃ力になるんですよ。怒りのパワーが強すぎて周りが見えなくなるような“使えない怒り”と、エンジンが掛かってどんどんパワーになっていく“使える怒り”の両方があるんですけど、使えない怒りが、使える怒りになる時もある。自分が残したものの表現は、全部使える怒りがアウトプットされたものなんです」
怒りを原動力にするという行為は、好きだからこそ感じる悔しさの上に、「このままで終われない」「負けてたまるか」という強い意志があってこそ成り立つ。一方で、怒りは強いエネルギーである反面、感情に翻弄されたり、落ち込んだりしそうなものだが、それはどうやって昇華しているのか。
「実は『自分がこの役やりたかったな』と嫉妬することもあるんですけど、『私だったらこうやるな』とか『これは負けたな』って思えると、自分の課題が見えてくるし、相対的に自分を良くしていく方法が明確になっていくんです。他の作品を見ていろいろなところから情報をキャッチしたり、実際に自分で練習してみたり。そうやって日々のセンサーが鋭くなる感じですね」
そうやって、マイナスにふれがちな感情すらもプラスに変え、演技に昇華するのんさん。しかし、『私にふさわしいホテル』を演じた時は、壁にぶつかったと感じたという。
「堤監督に撮影が始まる前に、『私のいつものカット割りじゃなくて、普通の映画みたいに撮るので、舞台みたいに丁々発止でテンポよくやってください』と言われたんです。現場でも演出をいただいて、いろんな動きをしながら会話していくんですけど、早口なセリフだとつまずいたり、噛んだりすることが多くて。
その中でも、東十条先生役の滝藤賢一さんや、田中圭さんが素晴らしくやっていらっしゃるのを見て、私はもう全然駄目だって。本当にちょっと修行してもう一回撮りたいなって……」
周りと比べて、上手くできない自分に悔しさを覚えることはよくあることだ。ただ、その感情が沸いた時にも歩みを止めず、今できることを考えて動いてきたからこそ、今のキャリアがあるのだろう。
「舞台をやってきたからこその基礎的な技術とか、基礎があるからこそ持っているテクニックとかテンポというのを身につけたいなと思いましたね。舞台の経験がそんなにたくさんあるわけじゃないんですけど、その時に勉強になったことを思い出して、今回必要だなって思うことを日々練習して、動きに取り入れた時にセリフが言えるように練習しました」