住み慣れた都会の街での永住を決めた古河さん夫妻。建築面積わずか6坪の超狭小地。建築家の知恵とアイディアで広々とした美しい空間が生まれた。
超狭小地での建て替え
高級感と庶民性を併せ持った雰囲気と利便性の良さが魅力の東京・四谷。大きな通りから1本奥へ入ると、細かく区切られた昔ながらの住宅街がある。古河さん一家が暮らすのは、車は入ることができない狭い路地に面した敷地。「両親が新婚時代に購入したところで、築40年くらいの古家に住んでいました。子育てをはじめその住みやすさから、この先もずっと四谷に住み続けたいと思い、建て替えを決意しました」と話すのは、四谷育ちの奥さま。
建築面積は、わずか6坪の超狭小地。「土地は狭いのに、リビングやキッチン、テラス、屋上など、いろいろなところの空間を“広く”とってほしいとリクエストしました(笑)」とご主人。「その難題をすべて叶えていただき、感動しています」とご満悦である。
設計を依頼されたのは、建築家の岡本浩さん。明るく広がりのある家を目指し、プロならではの工夫を詰め込んだ。そして、地上3階、地下1階のコンパクトながらも開放感のある家が完成した。
ダイニングとリビングはスキップフロアになっていて、バルコニーまで一続きに。長女(6歳)、長男(4歳)も自由に行き来し、のびやかに過ごしている。
住宅密集地に建つ。マーブル模様の外壁は左官コテ塗仕上げで落ち着いた雰囲気。2階のバルコニーに設置した木製ルーバーの羽根の角度にこだわり、道路からの視線をカット。
ダイニングの上は吹き抜けで、4.5mの天井高を確保。天井にはご主人が希望したアンティーク調のシーリングファンを設置。「ビールを飲みながら、ファンが回っているのを見ているのが好きです」。
防火壁を最大限に活用する
玄関奥の階段を昇ると、たっぷりの光が降り注ぐダイニングキッチンが現れる。「朝起きて、半地下の寝室からここに上がってきた瞬間がとても気持ちいいんです。まぶしいほどの光に包まれ、一気に目が覚めますね」とご主人。
スキップフロアによって半階上のリビングを見通すことができ、さらにリビングからフルオープン窓でつながるバルコニーへと続く。バルコニーには周囲からの視線を遮りつつ、光と風を通す木製ルーバーが設置されているため、リビングの延長として安心して使用できる。内外一体の開放感が気持ちよく、子どもたちや愛犬も自由に行き来している。
隣地の境界ギリギリの位置には、防火壁を設けた。これにより、法規制で必要とされていた階段室の設置を回避したうえに、隣からの視線も完全にカット。そのためカーテンいらずの大きな開口を実現し、日中は豊かな自然光が室内の隅々まで行きわたる。また夜間は、外部照明の光を反射させて室内に送り込み、防火壁が間接照明の役割も。自宅で仕事をしている奥さまは、「夕方くらいまで照明をつける必要がないですね」と話す。
防火壁と建物との間には30cmほどの隙間があり、さらに奥行きを感じさせてくれる利点も。その隙間はドッグランとしても活用し、長年共に暮らす愛犬ピースちゃん(8歳・メス)が嬉しそうに駆け回っていた。
ご夫妻で立てるよう作業台を広めにとったキッチン。衣服等が引っ掛からないようにフラットなデザインをチョイス。造作のテーブルにはカトラリーの収納を設けた。
扉の奥には地下の寝室へと続く階段があり、まるで隠し部屋のよう。扉は階段のほうまで開くため、大きな荷物も搬入可能に。左の階段を昇るとダイニングキッチンへ。
半地下にある寝室は、1年中安定した気温で快適。造作棚には間接照明を組み込み、演出効果を。
大きな開口(右側〉の奥が防火壁。シャビーシックな床はご主人の希望。「あまり真新しい感じが好きではないので、少しレトロな感じにしたかったんです」。
犬のハウスやオモチャを置くスペースをリクエスト。ピースちゃんのサイズに合わせて棚の高さを決定。ベンチとしても使用できるようにした。
防火壁と建物の隙間によって生まれたドッグラン。大人はやっとすり抜けられる幅ではあるが、ピースちゃんにはちょうどよい。
3階はキッズスペース。奥が長女の部屋、手前が長男の部屋。扉によって分けられるようになっている。螺旋階段を昇ってきた正面には、大きめの収納を確保。
梁が必要だったところに板を置いてデスクにした。自宅で仕事をする奥さまのちょうどよい仕事スペースとなった。
屋上は家族の憩いの場
空間を広く見せるために、仕切りとなる壁は極力抑えたという岡本さんは、「必要な壁は、逆手にとってポジティブに利用しました」と話す。例えば、リビングとバルコニーを結ぶ開口部。家の四隅には壁が必要なため、ここにも壁を設置しなければならなかった。「ならば壁で窓のフレームを隠し、風景だけが見えるような空間にしたら面白いかなと思って」と岡本さん。さらに、壁をアーチ型にし、裏側には間接照明を設けるなど徹底的にこだわった。まるで額縁の中の1枚の絵のような美しい光景は、奥さまの最もお気に入りの場所という。「ダイニングから見上げたときに目に飛び込んでくる、窓際のその光景が好きです」。
また、ほかの壁も収納や家具として利用している。スキップフロアの階段部分はベンチ兼収納になっていて、テレビ脇の壁も収納を兼ねている。さらにそこに間接照明を組み込むなど、一石二鳥、三鳥の発想が随所にあり、使い勝手のよい空間となっている。
これからの季節は屋上テラスも活躍。都会の風景や空が360度見渡せ、風も心地よい。バーベキューや子どもたちのプールなど、屋外にいながら人目を気にせず寛ぐことができ、家族だけの時間が満喫できる。「先日、玄関前に子どもたちとひまわりを植えました。もっと緑を増やしていきたいので、屋上でのガーデニングも構想中です」とご主人。家族で植物にふれる豊かなひととき。まさに古河家のオアシスになりそうだ。
フルオープンの窓は、壁でフレームを隠し、窓の存在を消した。
スキップフロアの段差を利用し、ベンチを2つ設けた。