表参道のヘアサロン『Cocoon』のオーナー藩賢毅さんの住まいは、鉄、木、コンクリートと、建材のマテリアルが生きる家。
表参道のヘアサロンのオーナー藩 賢毅さんの住まいは、鉄、木、コンクリートと、建材のマテリアルが生きる家。髪質が生きるようにカットする”ノンブローカット”を生み出した藩さんらしいお宅だ。
「鉄板が錆びたり、石に苔が生えたり、木材が飴色に変わっていったりと、朽ちて行く姿が美しい、経年変化が楽しめるマテリアルで家を作りました」
設計は、海建築家工房の海野健三さん。
「設計士を探していた時、インテリア雑誌の編集者に海野さんをご紹介いただきました。きっと気が合うわよ、と(笑)」
果たしてその読みは大正解だったそう。
「既成概念にとらわれず、あっと驚くような柔軟な発想で設計してくださり、想像以上の理想の家ができました。いわゆる豪邸みたいにはしたくないという僕の希望も汲んでくださいました」
藩 賢毅さん、弓恵さん夫妻。お子さんは柚葉さん、勘太くん、凰太くんの3人。
ダイニングテーブルはイサム・ノグチ。チェアはチャールズ・イームズ。壁の時計はジョージ・ネルソン、その下に柳宗理のバタフライチェア。ミッドセンチュリーのものを始め、家具は以前の家で使っていたものがほとんどだとか。そして大きなアイランドキッチン。収納もたっぷり。
「海野さんの設計の素晴らしさは、竣工時が完成ではなく、自分たちの手で育てる部分をふんだんに残していただいているところだと思います」
鉄を錆びさせ、モルタルを塗装し、植栽も楽しむ。天井に渡してあるグレーチングの網目を使い、照明の位置も好きに変えられる。
「家を作る順序としては、外壁を作ってから内装にとりかかるのが一般的だと思うのですが、うちの階段は屋根を作る前にとりつけました。階段が雨ざらしになる期間をあえて作ることで、いい感じに階段の鉄板に錆が出ています」
ギャラリーのような設えの階段。「階段下の右の鉄板はサンポールで錆びさせました。いい感じに錆びたところで錆止めを塗りました」 これは弓恵さんのDIYだそう。「妻はこの家に住んでからDIYをするようになりました」
「2ndリビングと呼んでる場所です。長男は遊びに来た友だちとここで遊んでいることが多いですね。もう一部屋子供部屋を作りたいとなった時に、このスペースに作ることも可能です」
ダイニングと2ndリビング、そして3階からも眺められるテラス。「夏はここでプール遊びをします」
緩やかな傾斜の階段。最後の段を床面から浮かせている。
左側に子供部屋が2部屋並んでいる。「あえて子供部屋はベッドと学習机だけの小さな空間にしました。遊ぶ時は部屋の外で遊んでいますし、巣ごもり感もあって楽しいようです」
「RC造にすることも考えましたが、建築費を抑えるために鉄骨造にしました。現しになっている鉄骨や天井の構造が気に入っています」
鉄骨造の3階建て。2階をターミナルにしたいと考えていたそう。
「家から帰ってきて手を洗い、着替えも2階で済ませます」
頭を悩ませたのが1階の使い方。
「海野さんに1階は貸駐車場にしましょうという割り切った提案をしていただきました。この場所はハザードマップに大雨のときの浸水予想が1〜3mとあったので、居住スペースにせずにピロティにしたほうがよいと考えたそうです。
スペースを貸し出せばローンの足しになりますし、将来、駐車場のスペースを改装してここで髪を切ることもできるかな、という思いもあります」
エントランスの鉄板はわざと錆びさせ、いい感じの錆び具合になった時に藩さんが錆止めを塗り、錆の進行を止めた。植栽も自分たちで。
ガラス張りの、開放感が気持ちいいエントランス。
外壁はステンレスのメッシュの中に軽石が入る海野さんオリジナルの『Uウォール』。屋根に降った雨が石の層に落ちるようになっている。軽石の遮熱効果も高い。「そのうち自然にコケが生えてくると思います。どこからか飛んできた草が根を下ろし始めました」 一階は一部を貸駐車場にしている。
「一般的なコンクリートの壁はコンパネで平らに作りますが、この有機的な壁は麻袋にコンクリートを流し入れて作る海野さんオリジナルの『URC』です。コンパネを使うより安価で、造形がおもしろく、強度も高いです」
藩さんのお宅は、余裕のある広々としたスペースと、必要にして充分なコンパクトなスペースの緩急が見事だ。
なんと、脱衣所は広い畳敷き。トイレもひとつの部屋のような広々とした設えだ。
対して、子供部屋はベッドと机だけの、秘密基地のような作りになっている。
そして、快適に住まう機能はしっかりと確保されている。
「きちんと断熱されているので、夏涼しく冬暖かい家になりました。冬の暖房は、2階の床暖房をごく弱くつけるだけで暖かいです」
収納スペースもたっぷりと。
「壁面はほぼ収納になっています。布団とかも仕舞える奥行きのある収納スペースも作りました」
海野さんはカラダが住まいに合ってくるとおっしゃっていたそう。
「たとえばバタンと大きな音を立てて閉まるドアを、音を立てないように仕様変更する必要はなくて、自然と音を立てない所作が身についてくると。ほんとうにその通りで、今では意識しなくても後ろ手にドアを押さえながら閉めるようになりました。人が家に馴染むものなのだなと感慨深いです」
家は作って終わりではない。竣工時がピークな建物はつまらない。藩さん一家がこの家にかかわって育て、育てられることで、唯一無二の素晴らしい住まいに成長していく。
広々とした開放感のあるバスルーム。