今週のみずがめ座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
滑稽でもいいぢゃないか
今週のみずがめ座は、何気ない出来事やささやかな心の震えが、いつも以上に沁みていくような星回り。
「どうしようもない私が歩いてゐる」といった自由律俳句で知られた種田山頭火は、いくたびも酒の失敗を重ねたのち、最晩年に松山で庵を結んで、慎ましい暮らしの中で少しでもまっとうな人間になろうとあがいていました。
しかし「ずんぶりと湯のなかの顔と顔笑ふ」では、それでもわずかに残ったお金を時おり奮発して、道後温泉に浸かって、入浴後の一杯を楽しんでいたようです。掲句もまた、そんな一杯にありつけることを想像して、こみあげる嬉しさをなんとか抑えつつ句にしたためたのでしょう。
それは結局は酒をやめられない、滑稽で物悲しい人間の現実でもある一方で、妥協や諦めを繰り返しつつ、ささやかな楽しみに喜びを爆発させている無邪気な人間の真実でもあったように思います。少なくとも、この句にはどこか切ない魂の輝きのようなものが感じられるはず。あなたもまた、否応なく平凡で、取るに足らない些事にこそ一喜一憂していく自分を大切にしてみるといいでしょう。
今週のうお座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
健全に生きるって何だろう
今週のうお座は、社会的な評価とは別に、あくまで生き物としての観点から自分を捉えなおしていくような星回り。
古代ギリシャの哲学者プラトンは人間を「天空の植物」と喩えたことがありましたが、12世紀のスコラ哲学者コンシュのギョームは逆に植物を「木々は自分たちの頭である根を大地に埋め込み、そこから栄養を摂取する」という言い方で表した上で、「逆に人間は、同様の頭を中空に露出している。なぜなら人間はおのれの霊性を糧として生きるからである」と述べていました。
実際、植物は根を通じて、自分が浸っている世界をめぐる情報の大半を獲得し、地中生活のリスクや問題を管理しているようですが、果たして人間は自分の魂の糧となる「霊性」すなわち重要なインスピレーションをキャッチするための「根」をどこまで張り巡らすことができているのでしょうか。
また、その一方で植物が「葉」を通して光と使って酸素と栄養をつくりだすように、人間は霊的なコミュニケーションを通して得たインスピレーションを日々の生活の中で、みずからの成長のきっかけや周囲を生かすための働きに変換できているのでしょうか。あなたもまた、自分がいま生き物として枯れかかっているのか、ぐんぐんと伸び広がっているのか、改めて問い直してみるといいでしょう。
占い師さんに今年の運勢を占ってもらえる♩
今週の運勢と、自分の星座の性格占いはどうでしたか?
文章だけではなくて「占い師さんに直接占ってもらいたい!」「私の話を聞いてほしい」という人は、LINEで気軽に使える「LINEトーク占い」でやりとりしてみてはいかがでしょうか。
凄腕の占い師さんや、あなたにぴったりの占い師さんに、初回10分は無料で占ってもらえます♩
友だちには話づらいお悩み、ちょっと背中を押してほしい時などにぜひ!
関連記事