ほっとひと息ついて、お茶を飲む。そんな日々の活力となる大切なひとときを、とびきり特別なものにしてくれるお店を見つけました。それが表参道の駅近く、細い路地を入った場所にひっそりとたたずむ日本茶専門店「伍(いつ)」。 カウンター5席のみの簡素な非日常空間で、茶道をたしなんだ店主が丁寧に入れる日本茶をゆったりと味わえるお店です。
表参道の隠れ家。五感が刺激される凛とした空間
「伍」は、東京メトロ銀座線表参道駅から徒歩3分。賑やかな表参道交差点から一本裏道へ入った場所にあります。花道と茶道をたしなむ店主が、一人で切り盛りしている日本茶専門店です。
店名は、「いつ」と読みます。伍は五の意味で、「五感を研ぎ澄ませる場所」という思いが込められているそう。入り口の扉を開けるとすぐに玄関があります。ここで靴を脱いでから、階段を上がり店内へ。
中はカウンター5席のみで広さは6畳ほどの、こぢんまりとした空間。装飾は一切なく白壁と木のみで構成され、まるで茶室のようです。それも、店主の狙いの一つ。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚という人間の「五感」は、受動的ではなく能動的に取りに行くことで、より研ぎ澄まされるそうです。だからこそ「伍」の店内では、装飾やBGMがない環境があえて作られています。
身近な日本茶をあらためて学び、ふれ、味わう
カウンターに着席し、メニューからお茶を選びます。目に飛び込んできたのは、「不発酵茶(ふはっこうちゃ)」「萎凋茶(いちょうちゃ)」という文字。不発酵茶とは、一般的な緑茶などのこと。茶摘み後すぐに蒸気で熱処理をして茶葉の発酵を止めてから加工されるもので、茶葉が緑色でほんのりと香りがあります。一方で萎凋茶とは、茶葉の水分を適度に蒸散させて茶葉を酸化させ発酵をさせたもの。烏龍茶などがそれにあたります。
「伍」のお茶は、不発酵茶、萎凋茶、和紅茶、玉露、抹茶のカテゴリー別に、季節の旬を感じられるものを店主がセレクト。そこからどんな風味が希望かなどを店主に相談し、オーダーします。
茶葉が決まると、茶葉ごとに一番おいしさを引き出すお湯の温度や抽出時間を考え、入れてもらえます。2・3名限定メニューですが、不発酵茶、萎凋茶、和紅茶から2種類を選んで飲み比べることができる「飲み比べ」2300円というメニューもあります。
写真手前から「香駿(こうしゅん)」1800円、「青桃(あおもも)」1900円、「ふじかおり」1900円
「伍」で人気なのは、不発酵茶と萎凋茶だとか。どんな香りや味が好みかなどを相談しつつ、候補として店主のおすすめを3種類出してもらいました。今回おすすめしてもらったのは、どんな時間帯でもおいしく飲める日本茶だそう。
形状の違いを見比べつつ香りを嗅ぎ、茶葉ごとの違いを感じます。日本茶をこんなにじっくりと観察するなんて、新鮮です。
今回おすすめされた茶葉はすべて「萎凋茶」のカテゴリーのものなので、乾いた茶葉からも、ほんのりとふくよかな茶葉の香りが漂います。無装飾無音の簡素な空間だからこそ、まさに香りを「取りに行っている」という感覚。より研ぎ澄まされた感覚で、茶葉の香りを感じることができました。
お茶を入れる急須や湯呑みも洗練されたものが揃い、お茶の種類に合わせて店主がピックアップして出してくれます。素敵な器を眺めるのも、心が浮き立つ瞬間です。
好みの香りや味を伝えつつ、今回入れてもらうお茶は「香駿」に決定。「香駿」という名前は「静岡で生まれた香りのお茶」という意味があるそうで、花のようなフローラルな香りと少しミルクっぽい味わいが特徴の品種だとか。急須を温める店主の所作が美しく、思わず見惚れてしまいます。
茶葉を蒸らす間、日本茶のあれこれについて説明を受けます。日常において私たちの身近にある日本茶という存在の奥深さに、新しい学びを得る時間です。
「伍」では通常、1つの茶葉につき3煎入れてもらえます。まずは、1煎目。静かに注がれる日本茶から、ほのかな茶葉の香りがふわっと広がります。ちなみに、取材時は猛暑日。こんな日はゴクゴクと冷たいお茶を一気に飲み干したいところですが、温かいお茶をゆっくりと飲むことで体に風味がじんわりと広がり、おいしく味わうことができました。基本的には温かいお茶での提供ですが、希望があれば冷茶にして提供してもらうことも可能です。
蒸された茶葉の香りを嗅ぎます。乾燥した状態の茶葉よりも、くっきりとした香りに。同じ茶葉でも水分を吸ったことにより、香りの変化を敏感に感じられました。
続いて、2煎目。先ほどの1煎目と比べると、鼻から抜ける香りにより花のようなフローラルさを感じられます。ふーっと、ひと息。
何となく見上げると、天井に立派な梁がわたっていました。この建物自体も古く、70年ほどが経過しているそう。この梁は前身の事務所がリフォームしたときに出てきたもので、これに合わせた空間にしたそうです。
静かにお茶を飲んでいると、シュワシュワという音が。こちらの「風炉(ふろ)」でお湯を沸かしている音です。普段ならあまり聞き取れない繊細な音を敏感に感じ取りながら、お茶を飲みます。