新たな研究により、睡眠は悪い記憶を「消し去る」ことにも役立つ可能性があることが示唆されている。
ネガティブな記憶、特に無意識に思い起こされるネガティブな記憶は、精神の健康に著しい悪影響を及ぼし、日常生活や認知機能を混乱させる可能性がある。香港大学をはじめとした国際的な研究者チームは、このネガティブな記憶を消し去るための新たなアプローチを発見した。それは、ポジティブな記憶を活性化させることで、ネガティブな記憶を弱めるというものである。
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睡眠中のアプローチによりネガティブな記憶が弱まった
この実験では、人間の負傷や危険な動物などのネガティブな画像と、穏やかな風景や笑顔の子供などのポジティブな画像のデータベースが使用された。
1日目の夜には、被験者にネガティブな画像と、研究用に作られた意味のない造語を結びつけるための記憶訓練を行なった。その後、被験者らは記憶を定着するために一晩眠った。翌日である2日目、研究者らは、前日に被験者の頭の中でネガティブな画像と関連付けられた言葉のうちの半分を、ポジティブな画像と関連付け直すことを試みた。
そして2日目の夜の睡眠中、ノンレム睡眠の段階で、造語の音声録音が再生された。ノンレム睡眠は記憶の保存に重要な役割を果たすことが知られている。この際の脳の活動は、脳波検査(EEG)によってモニターされた。感情的な記憶処理に関連する脳のシータ帯域の活動は、録音された言葉に反応して上昇し、ポジティブな言葉が再生された際には著しく高くなった。
3日目と数日後のアンケート調査により、研究者は、被験者たちがポジティブな記憶に入れ替えられた造語の、ネガティブな記憶を思い出すことが難しくなっていることを発見した。これらの造語については、ネガティブな記憶よりもポジティブな記憶の方がより容易に頭に浮かび、よりポジティブな感情を伴って捉えられていた。
「睡眠へのアプローチにより、生体を傷つけることなく、不快な記憶想起や情動反応を修正できる可能性がある。」と研究者は述べている。
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研究の課題と今後
この研究はまだ初期段階であり、実験で不快な画像を見る際と、トラウマとなるような出来事を経験した際の記憶形成への衝撃は、同等にはならないだろうと研究チームは述べてる。実際の出来事のほうが上書きされにくいかもしれない。また、非常にトラウマ的な体験の中にはポジティブな要素を見つけることが難しい場合もあると述べた。
しかし、脳は睡眠中に記憶を短時間再生することで記憶を保存していることが分かっており、このプロセスを制御して良い記憶を強化したり、悪い記憶を消去したりする方法については、すでに多くの研究が行われている。ネガティブな記憶をポジティブな記憶で上書きするこのプロセスには、ある程度の期待が持てるかもしれない。
「私たちの発見は、不快な記憶やトラウマとなる記憶を弱めるための、幅広い可能性を開くものです。」と研究者は記している。
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