田房 まさにモヤモヤしています。なんだかおかしなシステムだなーと思うことがあっても、同時に「わが子をその型に入れなければ」とも考えているので。
星野 教育や社会はショートスパンで見るものではないですが、ロングスパンで見るには覚悟を決めなければならず、個人では限界があります。こどもが成人するまでにはこの社会は変わらないだろうから、我が子だけはしたたかに生き延びてほしいと願う気持ちもよくわかります。教員も保護者も葛藤し続けることしかできません。
であれば、僕たち大人がこどもにできることは、相反する価値の中で引き裂かれるような思い、苦しみ、葛藤を「ないもの」として振る舞うのではなく、ひとりの人間として苦しんでいる生々しい姿を見せることではないでしょうか。
田房 私もそう思います。こどもにとって害のない環境や態度を完璧に提供できるわけがない、ということを前提にしているほうが健全ですよね。
「私たちって、昭和に生まれて平成で育ってきたのに、結構よくやってるじゃん」とほめたい日もたまにありますが、基本的には日々葛藤ですね。
星野 教育の「40年ギャップ」という言葉があります。たいていの大人は自分のこども時代から時計の針が止まっていて、その経験をもとに「大人になってから困らないように」とこどもの将来を妄想しながら教育します。20年前の過去にとらわれながら、20年後の世界を勝手にイメージするから「40年ギャップ」が生まれるという仮説です。
大人がよかれと思ってやっていることで、こどもが置いてけぼりされていないか。そんな視点も常にもっていたいですね。
※ ネウボラ = フィンランド語で「アドバイスの場」という意味。妊娠期から子育て期まで切れ目のないサポートを提供する自治体が日本でも増えています。
特集「6歳からのネウボラ」 / OTEMOTO