日記を書き始めたキッカケから、日記を書くこと&人に読まれることで感じたこと、本にしようと思った理由まで。人気の日記本作家 植本一子さんと葉山莉子さんにインタビュー。
「私はここにいるよ」と、狼煙をあげたかった――植本一子さん
日記本の先駆者の一人として知られる植本さんが日記を書き始めたのは、第一子の産後。社会とのつながりが断絶されたように感じ、その苦悩をブログに綴るようになった。
「“困ってるよー、誰か助けてー!”と、狼煙をあげるような感覚。ブログで公開することで、誰かが手を差し伸べてくれるんじゃないかという目論みもありました。実際、同じような境遇の人から反応をいただくと、気持ちが落ち着いて孤独感が薄らいでいった。それが醍醐味になり書き続けたら、ブログが出版社の目に留まり、2011年に最初の本『働けECD わたしの育児混沌記』(現在は『家族最初の日』)が出ました」
植本さんの当時の夫は、今は亡きラッパーのECDさん。2冊目の『かなわない』では、夫婦仲や婚外恋愛について赤裸々に綴っている。
「夫は寡黙な人で、関係が悪化してからは、ますます言葉でのコミュニケーションが難しくなってしまって。当時の日記は、彼に対する手紙の側面もありました。婚外恋愛に対して厳しい声も寄せられましたが、今も、噓は書かないようにしています。あくまで、本当に思ったことを書く。そうやって人間関係や出来事を熟考するプロセスで、思考が整理されて、ジャーナリングのような効果があるんですよ。考える時間が増えると物事を俯瞰できるので、私は数日間ためて書いています」
15年も日記を書き続けるとは夢にも思っていなかったという植本さん。今は、日記本が大事な収入源に。
「自分のために書き始めた日記ですが、いつの間にか誰かのために書くようになり、読み物として書く楽しさを知りました。自分を知ってほしいという気持ちがあるのなら、私が狼煙をあげたように自己開示してみると、何かが変わるかもしれません」
植本さんの日記本
『かなわない』
タバブックス ¥1870
『働けECD わたしの育児混沌記』後の5年間の日記。震災直後の生活、育児の葛藤、新しい恋愛を赤裸々に綴る。2016年発売。
『家族最後の日』
太田出版 ¥1870
母との絶縁、義弟の自殺、そして夫(ラッパーのECD氏)にがんが見つかったこと。3つを軸に家族について考えた記録。2017年発売。
『台風一過』
河出書房新社 ¥2035
末期がんを患った夫を亡くしたあとの悲しみと喪失感のなかで、新しい恋人との出会いなど激変していく日々をまとめた日記。2019年発売。
本当の自分を誰かに知ってほしかった――葉山莉子さん
葉山さんが日記を書き始めたキッカケは、マッチングアプリ「ティンダー」での出会い。メッセージの代わりに、交換日記を提案された経験からだ。
「普通のコミュニケーションでは傷つくことも多く、よい方法はないかと考えていたので、試しに書き始めました。読んでもらう以上は面白くしないと!と、謎のサービス精神が発動して(笑)。客観的な事実を書くだけではつまらないから、その日に見た風景の中で最も心を動かされた瞬間を、五感で感じたこととともに表現していました。すると、想像以上にいい反応が。自分の日記に対する相手の評価を知ることで、お互いの理解がぐんと深まる感覚もあり、日記の面白さに魅了されました」
複数人と日記を送り合う中で、“本にしたほうがいい”と言われるように。日記屋 月日の『日記祭』に参加したことを機に、自主制作本を作る。
「本にまとめる作業を通じて、私は日記を書くことで、本当の自分を伝えようとしていたことに気づきました。当時は自分を押し殺しながら働いていて、本音を言えるパートナーもいなかった。誰かに本当の自分を受け入れてほしかったんだと思います。それが自分自身の問題だとわかったのは、本を出して自己肯定感が上がったから。自分の感性や文章を面白いと言っていただき、自分を認められるようになったんです。私の考えに刺激を受けてくださった方もいて、誰かをエンパワーメントできたことも、自信につながりました」
文章を書くのが好きならば、一度は日記を書いてみてほしいと言う。
「友達にすべてをさらけ出すことは難しくても、日記なら誰かに臆すことなく素直な気持ちを綴れた。文章を書くことで癒されたり、読まれたいと思ったことがあれば、日記はきっと心を満たしてくれるはずです」
葉山さんの日記本
『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』
タバブックス ¥1980
マッチした男性に日記を送りはじめた「わたし」の9カ月間の日記と、そこで出会った「彼」の数日間の記録。自主制作本が話題を呼び、書籍化。
撮影/さとうしんすけ スタイリスト/山本瑶奈 構成・原文/中西彩乃 ※BAILA2025年7月号掲載