理学療法士として活躍する得原藍さんが、ヨギに知ってほしい「体にまつわる知識」を伝える連載。第十二回目となる今回は「動作のための関節運動の多様性」。
得原藍
動くために必要な「関節の自由度」
「ベルンシュタイン問題」という言葉を聞いたことがありますか。
運動とその制御についての研究者であるベルンシュタインという人が提示した問題なのですが、運動に関する「自由度」「文脈」「単位」について、それぞれが複雑に絡まりあって運動が遂行されていることで制御がいかに難しいものになっているかを問うています。
今回はそのうちの「自由度」について考えてみましょう。
「自由度」の問題は、動作を遂行するために動く関節の運動の自由度が大きいことを指摘しています。例えば、目の前のコップに手を伸ばそうとするときに運動する肩関節、肘関節、手関節について考えてみましょう。
肩関節は屈曲と伸展、内転と外転、内旋と外旋、という6つの運動が可能ですが、屈曲と伸展は同じ面での動きを肩関節を中心に反対方向に行うだけなのでひとつの運動と捉えることができます(矢状面上の動き)。同じように、外転と内転がひとつのセット(前額面上の動き)、内旋と外旋もひとつの組み合わせになります(水平面上の動き)。つまり、肩関節は、三次元的に動くことができる関節なので、自由度は「3」ということになります。
では肘関節はどうでしょうか。肘関節は骨格の構造上、屈曲伸展の動きしかできません。つまり自由度が「1」です。
手関節は、屈曲伸展と内外転が可能なので、「2」です。
それから腕の場合は前腕が回内回外できるので、尺骨の運動として自由度「1」があります。
合計すると「腕」の自由度は「7」になりますね。
掲載元/秋山整形外科クリニック
「コップに手を伸ばす」という運動についての各関節の運動方向を考えただけでも、肩関節をどの程度屈曲しながら肘関節をどの程度伸展しながら手関節をどの程度伸展させて尺骨を回内外するのか、という自由度があるわけです。それを運動中にどう決定しているのか。選択肢は無限大に近いことがわかると思います。(さらにここにコップを掴むための指の動きが入ってくれば、その膨大な選択肢が容易に想像できるでしょう。)
動作における神経の働きは無限大
さらに、骨格の構造としての自由度だけではなく、筋の出力の値も無限大に選択肢があります。腕を伸ばしてコップを持ったときに、どの部分でどれだけの筋力を発揮するのか、ということも一様には決定していません。筋を収縮させるためのα(アルファ)運動神経とα運動神経ひとつが支配する筋線維を、1運動単位と呼ぶのですが、その数は上肢だけで2000を超えるそうです。どの程度の数の神経が働いて運動を遂行するか、という選択肢も数限りないわけです。
身体全体を考えると、さらに多くの関節と筋が存在します。それぞれをどう動かしてひとつの動作を行うか、それがどのくらい「自由度」の高い行為かを考えると、ヨガの動作ひとつをとっても「自分の選択」と「目の前の別の人間の選択」が違う可能性がいかに高いか、「同じ動作をする」ということがどのくらい難しいことか、想像に難くないのではないでしょうか。
その動作の目的は何か、ということを考えることなしには、ポーズを取るだけの動作に意味を見出すことは難しいのかもしれない、と思います。