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「昨日までは織れたのに...」 忍耐強く糸と対話する、タオル職人の極意

「赤ちゃんが食べられるタオルをつくる」とうたい、タオル工場なのに食品工場の安全基準まで取得している、IKEUCHI ORGANIC(イケウチオーガニック)。愛媛県今治市で1953年に創業し、オーガニックコットン100%の今治タオルのファクトリーブランドとして進化を続けています。デリケートな糸と向き合い続けるタオル職人は、まるで食材を扱うかのように一滴の汗にまで気を配っていました。

普段、何気なく使っているタオル。ふわふわで柔らかな肌触りは、糸がループ状になった「パイル」という生地の特性によるものです。その複雑なパイル生地を極細の糸で織り上げるIKEUCHI ORGANICの職人は、常に「織れる、織れない」のギリギリを攻めています。

そのため、日々の仕事は「なぜかうまくいかない」ことの連続。理論だけでは立ち行かなくなったとき、職人たちはどうやって前に進んでいるのでしょうか。製織職人で製造課課長の川本昭さんに聞きました。

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愛媛県今治市にある工場は、昔ながらの佇まいも残している
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

僕の仕事は、製織(せいしょく)といって、タオル生地を織るために糸を織機(しょっき)にかけて稼働させる仕事です。

仕入れた糸は糊付けされ、整経(せいけい)という工程で「伸べ」という巨大な糸巻きに3000〜5000本ずつ巻いていきます。その伸べをクレーンで織機に移動させたのち、僕たち製織の職人が織機に糸をかけて稼働させます。

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3000〜5000本の糸が巻かれた「伸べ」
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

織機を稼働させれば簡単に織れるように思われるかもしれませんが、この機械がよく止まるんです。なぜなら、糸が切れてしまうからです。

昨日は織れたのに...

タオルの生地は3種類の糸によって織られています。ヨコ糸は1種類で、タテ糸がパイル糸とグランド糸の2種類になっています。グランド糸でベースをつくり、パイル糸のほうはループ状にして織っていきます。糸の種類や本数、パイルの輪っかの長さによって、肌触りや吸水性が変わってくるのです。

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乱れなく整列したパイル
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

パイルを出すからこそ、地織と違って難しい。ベースとなるグランド糸はテンションをかけて(ピンと張って)しまっていいんですが、パイル糸はテンションをかけすぎてしまうと、きれいにそろったループになりません。だからといって緩ませすぎると、今度は糸が絡まったり切れたりしてしまいます。

一定の力加減で織機に糸を送っていきたいところですが、伸べの巻き方や、温度や湿度によって糸の状態が一定ではないため、「昨日までは織れたのに今日は織れない」ということがままあるんです。

そこで、手の感覚で、糸を適度に引っ張りながら張力を加減していく必要があります。この手の感覚を習得できるのは......そうですね、5年くらいかかるでしょうか。5年目でもまだ一人前とは言えないかもしれないですね。

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川本昭(かわもと・あきら) / IKEUCHI ORGANIC 製造課 課長 / タオルソムリエ
2009年、IKEUCHI ORGANIC入社。織機を管理する製織職人として伝統的なタオルの製織のほか、ショールやマフラーなどを生産する編み機も担当。機場のリーダーとして職人たちの業務管理や指導もおこなっている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「糸を切る」ことで感覚を掴む

僕は2009年に入社したので、製織の仕事を始めて14年ほどになります。

以前は愛媛県外の機械系のメーカーなどに勤めていました。幼い頃に「ミニ四駆」に熱中した世代で、機械を触る仕事に就くのが夢だったんです。

Uターン転職を決めたとき、地元のIKEUCHI ORGANICが「保全工」を募集しているのを見て、機械の仕事の経験を生かせると思って応募しました。ところが入社した途端、当時の工場長から「機械と言ってもだいぶ畑は違うけんな。糸はまた別ぞ」と言われたんです。実際に織機を触ってみたら、その通りでしたね。

最初は糸をきれいにそろえることができず、何百本という糸を切ってしまいました。先輩たちは「誰しもが通る道だから。わしらもそうだった」と励ましてくれましたが、何が違うんだろう、何が悪かったんだろう、と毎日毎日、申し訳なく思いながら先輩の姿を見て少しずつ覚えていきました。

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織機にかけた糸をさばく川本さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

何が違ったのかは今ならわかるんですが、先ほど言った、糸をつかんで引っ張るときの手の感覚だったんですね。

織機にかけるときに一定の幅の糸をぐっとつかんでテンションをそろえるのですが、持ち方や引き方によって、張力が一定にならなかったり力が入りすぎたりすると切れてしまいます。

糸が切れるギリギリまで引っ張るので、正しい感覚は糸を切らない限りは覚えられない。つまり、失敗して学んでいくしかないんですよね。

先輩たちは決して「背中で覚えろ」といった姿勢ではなく、1から10まで丁寧に教えてくれました。でも、やり方を教えてもらったからといってできないんです。

言葉で伝えられることはすべて伝えてもらっているのに、感覚だけは失敗を重ねて習得するしかない。これは、僕がいま後輩を教えるときも同じです。習得の仕方まで言葉で伝えられたら苦労しないんですけどね。

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織機を何台も同時に動かして生産していく
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

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