生活の数だけニーズがある
それぞれ患者さんの困りごとに合った自助具が必要だけれど、つくれる人がいないーー。約20年のキャリアがある竹林さんと川口さんは同じ課題意識をもっており、仕事を通して知り合ってから試行錯誤を重ねてきました。
そんな中、2019年に川口さんが3Dプリンターを購入し、「これなら自助具をつくれるかもしれない」とペットボトルオープナーを試作。Facebookに試作品を投稿したところ、片麻痺のある人から「片手で開けられるようにしてもらえないか」とリクエストがありました。川口さんは10種類ほどサンプルをつくり、片麻痺の人たちの意見を反映させながら、片手で開けやすくなるよう何度も改良を重ねました。
その後も川口さんは、知り合いに聞いたりSNSで片麻痺の人たちの会話をウォッチしたりして情報収集しながら、新しい自助具の開発を続けています。
「建物に入るときは傘をきれいにたたみたい」「お気に入りの靴で外出したいけど靴紐がほどけるのが怖い」などの声から、「片手で傘をたたむ自助具」や「片手で靴紐を結べる自助具」が生まれました。
輪に入れて傘を回すことできれいに傘がたためる「片手で傘をたたむ自助具」(左)と、道具に紐を引っ掛けることで蝶結びができる「片手で靴紐を結べる自助具」(右)
画像提供 / isotope
「片手で納豆かき混ぜキット」もそうした声から生まれた自助具で、テーブルに納豆の容器を固定し、混ぜても滑らないようになっています。しかしSNSに投稿すると「混ぜた納豆をご飯にかけるときも片手では難しい」という意見が。
「僕が気づけない困りごとが、世の中にはたくさんあります。だからリクエストを聞いて片手でできる方法を開発し、道具として形にする。生活の数だけつくり続けていく必要があると思っています」(川口さん)
「片手で納豆かき混ぜキット」
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突然、身体が動かなくなったら
3Dプリンターを使うことにより製作の時間や手間を改善でき、新しい道具づくりを試しやすくなったうえ、カラフルな色に挑戦できるというメリットもありました。
「これまで自助具というと、木調だったりハリボテ感があったりで決しておしゃれとは言えませんでした。これなら使いたいと思ってもらえるよう、色違いのパーツの組み合わせや季節感のある雰囲気、メッセージ付きの自助具など、遊び心を取り入れています」(川口さん)
内側と外側のパーツの色の組み合わせを変えて楽しむことができる
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作業療法士として患者さんたちの日常を見ているからこそ、生活をより豊かにしてほしいという思いが「片手でできるプロダクト」には込められています。竹林さんはこう話します。
「それまで当たり前にできたことが、ある日突然できなくなった患者さんたちと接してきました。見たこともない自助具を渡された瞬間の表情といったら、『こんなものを使わなきゃいけないなんて』『自分は障害者になったんだ』と落胆そのものなんです」
「川口さんがつくる道具はデザイン性が高く、片手で使えるうえ、両手でも使いやすいものです。こうした道具が広く社会に実装されていけば、健常者と障害者の分断がなくなり、本当の意味でのインクルーシブにつながるのではないでしょうか」
薬を飲むときの動作を想定した「薬袋開封固定付き片手で開けられるペットボトルオープナー」
画像提供 / isotope
「初めて自分でできた」
川口さんのもとには「片手でできるプロダクト」を購入した人から毎日のようにメールが届きます。
「片手が麻痺して何もできなくなったけれど、この道具を使って自分でできることが多くなりました」
「小児麻痺で生まれた子どもが、初めて自分でできることが増えました」
自分でできることが一つ増えたことへの喜びの声です。作業療法士として、いいものづくりができたという実感につながるといいます。