無料の会員登録をすると
お気に入りができます

「私たちは眼鏡をつくっている」 シンプルな言葉の真意とは。金子眼鏡が、磨きに込める美意識

ライフスタイル

現在は、研磨ロボットがあらかじめ磨くことで、泥磨きの工程を大幅に減らすことができています。一方、人の手でなければできない仕上げのバフ研磨はより一層、妥協は許されません。仕上げの感覚をつかむための研修用として、泥磨きの機械はいまも工場の片隅に残っています。

「仕上がりの美しさをそれぞれの物差しで測るのではなく、うまい人が磨いたものと比べて、光沢や艶の違いを具体的に説明するようにしています。ここまでしなくても世の中に流通している眼鏡はたくさんあるのでしょうが、たとえ眼鏡の形をしていても、ガサガサしていたり傷があったり、左右のバランスが違ったりするものは眼鏡とは言えない。そんな共通認識があるので、みんなとことん磨いているのです」(市川さん)

スタッフ全員が研磨の技術を習得しているため、常に複数の目が光って磨き残しを見つけ、複数の手が動いて磨き直しをします。時には店舗からクレームが入ることもあります。市川さんは「製造現場から売り場まですべてのスタッフが、眼鏡を通して会話をしているようだ」と話します。

picture

「バフ研磨」の間に、撹拌機による「バレル研磨」の工程もある
Seigo Ito

picture

つるの部分に熱を加えて柔らかくし、高温に熱した金属の芯を打ち込む「シューティング」の工程

製造部工場長の粟田征樹さんは、2002年に入社した当時、店舗スタッフとして売り場に立っていました。名古屋店の店長を経て、2006年に製造部門が立ち上がった後に鯖江に異動してきました。

「お客様の顔を見てきたからこそ、製造の仕事に力が入ります。期待に応えられる品質にしたい。企画、製造、販売を一気通貫して自分たちがダイレクトに届ける責任を感じています」

picture

「若いスタッフたちが仕事に誇りをもち、鯖江で職人になることを目指している。眼鏡産業を廃れさせないよう後押ししていきたい」と粟田さん
Seigo Ito

私たちは眼鏡をつくっている

金子眼鏡のスタッフは、バフ研磨のほかにもすべての工程をひと通り担えるようになっており、一貫生産を個人でも体現しています。通常は3人1組で各工程を順番に担当し、前後の工程もカバーできる体制をとっています。

眼鏡づくりの各工程を専門とする工場や職人たちが分業によって技術を磨いてきた鯖江においては異色の取り組みであり、製造業の効率化の観点とも逆の発想です。

市川さんがその理由を説明します。

「分業はその道を究めるプロにはなれるものの、完成形を想像しづらいデメリットもあります。私たちが忘れてはならないこと、それは、眼鏡をつくっているということです」

私たちは眼鏡をつくっているーー。当たり前のことをあえて言語化するのは、「工程のプロではなく眼鏡づくりのプロであれ」という本質的なメッセージだから。

「割り当てられた作業だけをこなす意識でいたら、『ちょっと汚くても次の工程で磨いてもらえばいいか』といった甘さが生まれます。次の工程も自分が担当するなら『今のうちにもう少し下地を磨いておこう』となる。そうした積み重ねが、眼鏡の質を左右します。職人たちに『前の工程からものが届かなければ手伝うように』と伝えるうちに、自然と前後の工程もカバーするようになりました」

picture

Seigo Ito

ものの気持ちになりなさい

ロボットを導入してからはより一層、「私たちは眼鏡をつくっている」と胸を張って言えるように意識しているといいます。

「何を言っているんだと思われるかもしれませんが、職人たちには『削られているものの気持ちになりなさい』と言っているんです。例えば『僕はチタンだから硬いんだぞ!』って(笑)。たとえ直接的な手応えを感じることはなくても、素材に合った力加減を想像できなければ、素材や機械が傷む原因にもなりますから」(市川さん)

ただ図面や指示の通りに作業するのではなく、図面を見て、眼鏡の形や強度、柔軟性、かけ心地までも立体的に思い浮かべられるようになってほしいーー。市川さんは、つくった眼鏡が役割を得て人の顔の一部となっている様子までを想像するよう、職人たちに求めています。

picture

「図面を見たときに三次元で想像できるのがプロの仕事」と市川さん
Seigo Ito

そんな市川さんは金子眼鏡に入社する前、鯖江の眼鏡メーカーで金型の製造や営業をしていました。分業の一工程である金型によるプレスは、眼鏡の形の基礎となる重要な役割を果たします。自分の仕事の先の先でどんな眼鏡が完成していくのかを想像しながら、技術の一翼を担うことに誇りを感じていました。

しかし、大量生産や価格競争の中で、一人のつくり手の思いよりも利益や速さが重視されるようになったことにやるせなさを感じ、転職を決めました。社長自らが思いを込めてオリジナルブランドを立ち上げた、金子眼鏡の美意識に共鳴したのです。

picture

金箔で刻印をして仕上げる
Seigo Ito

オリジナルサイトで読む
記事に関するお問い合わせ