猫の猫らしい行動に、自分の生き方を重ねてハッとする瞬間があります。小説家・深緑野分(ふかみどりのわき)さんもその一人。ミステリー作家として有名な深緑さんが、飼い猫「しおり」の奇妙な行動の理由を名推理!儀式のように繰り返される、しおりの意外な行動の真実とは?
猫のことを考えている時
社交的で責任感の強い「しおり」(キジ柄)と、マイペースで落ち着きのない「こぐち」(白黒・ハチワレ)。二匹は多頭飼育崩壊の家から保護された姉妹猫です。飼い主は、歴史ミステリー『ベルリンは晴れているか』が今話題の小説家・深緑野分(ふかみどりのわき)さんと深緑さんのご主人。里親募集のサイトで生後間もない姉妹を見つけ、家に迎えてから六年が経ちます。
「しおりとこぐちと私たち夫婦の関係性は、割と親子っぽいんです。でも、猫の方ははっきりした関係性を求めていないというか、その関係性によって態度を変えない、気ままさがあります。
思慮深そうな顔をしているからかな?猫は哲学と結び付けて語られることが多いように思います。でも実際は、哲学的なのは猫ではなく、猫のことを考えている人間なのかも。猫は何も考えていないというオチが見えているのに、見ないふりをしてまで猫の瞳やしぐさに哲学を感じる…みたいな」
しおりが繰り返す謎の儀式
しおりとこぐちが、何を考えているのか。最新刊『ベルリンは晴れているか』をはじめ、数々のミステリー小説を世に送り出してきた深緑さんが、しおりのある奇行に対する推理を話してくれました。
「こぐちは自分のシッポを追いかけ回したりして、一人遊びが上手なんですけど、しおりはおもちゃをくわえて私たちの足元まで持って来て、『一緒に遊んで』とせがむタイプ。でも、しおりは、そのおもちゃを遊ぶ以外の目的で使うことがあるんです。
それは、普段、家で仕事をしている夫が長時間外出したり、夫がこぐちを連れて病院へ出掛けたりする時。しおりは不在の夫やこぐちが心配でたまらないといった風に『アオアオ』と鳴きながら家中をうろつき、自分が一番気に入っているおもちゃを探し出して、部屋の真ん中までくわえて持って行って、ただそこに置くんです」
「遊んで欲しければ、私の足元までおもちゃを持ってきますから、そういうわけでもなさそうだし、夫が長時間出掛けると毎回する行動なので、不思議に思っていました。で、ある日気づいたんです。これは、しおりなりの祈祷なんじゃないかって。
夫や夫と出掛けたこぐちが無事に帰って来るのを祈願して、自分の中で一番上等なおもちゃを貢物として献上しているんじゃないかなって…本当のところはもちろんわかりませんけど」
猫が何を考えているのか。いくら考えてみたところで「正解」と猫が教えてくれるわけでもなし…。それでもやっぱり考えずにはいられない。猫の魅力は、そういうところにあるのかもしれません。
書けないのは猫のせい?
文芸誌に掲載した短編・長編小説を文庫化するための改稿など、新刊が出ても休むことなく、日々〆切に追われていると深緑さん。そんな時に、猫が教えてくれることがあると言います。
「ろくでもないことを言いますけど、『まだ猫、寝てるし、私も休んでていいよね?』って思うんです。担当してくれている編集者の方が見たら怒りそうですけど…(笑)」
「私が仕事をしてる時は、二匹とも私の仕事部屋にいて、こぐちなんか特にベッタリなんです。こぐちは私の右腕を枕にして寝るのが好きで、私がキーボードを叩こうとすると腕を抱き寄せて阻止しようとしますから。『猫に腕をホールドされていたので、書けませんでした』という言い訳が通用するならそうしたいです、本当に」
仕事の〆切に追われ、気持ちが急いてしまう時ほど、深い呼吸を心掛けてみたり、大きく伸びをしてみたり、近所をちょっと歩いたり、そして、猫を愛でてみたり。焦れば焦るほど「ゆるむ」ことが、パフォーマンスアップにつながりそうですね。しおり、こぐち、そして深緑さん、たくさんの教えをありがとうございます!
photo / 筒井聖子
小説家・深緑野分