収穫途中、レストラン「ヨル15℃」が作ってくれた昼食を美味しそうに頬張っていました。
パン好きの方ならご存知かと思いますが、昨今、国産小麦を愛用するパン職人が増えてき
ました。しかも大半のパン職人が、北海道産小麦を使っています。
ひと口に国産小麦といってもいろいろな品種があります。その中でもとくに北海道で多く
栽培されている小麦は、グルテンが多い品種です。グルテンが多いと、日本人好みの、モチ
モチしたパンになることから、北海道産小麦はパン職人の間でも人気があります。
一方、ジョンさんが育てている、日本で昔から栽培されてきた小麦は、グルテンの量が中
程度の、いわゆる中力粉です。
小麦収穫時のランチには、「365日」のパンも登場しました。小麦畑で食べるパンはまた格別。
3年前、ジョンさんは、面識がなかった杉窪さんに「私が育てた小麦で、パンを作ってみ
ませんか」と連絡しました。すると、すぐに返事があったそうです。
「杉窪さんは私が育てた小麦の特徴を理解した上で、パンを試作してくれました。パン職
人や料理人は、料理を作るために、材料を選ぶ。でも、杉窪さんはその反対。食材を生かす
には、どんなパンを作ればいいのかを考える人でした」(ジョン・ムーアさん)
365日✕食ぱん(左)、365日✕クロワッサン(右)。
杉窪さんは、自著『「365日」の考えるパン』(世界文化社刊)にこう書いています。
「そもそも僕のパンづくりは(中略)『この素材を生かすパンをつくりたい』という思いがスタートです。この思いを実現させるために、どんなつくり方をすればいいのかをあれこれ考えます」
ジョンさんが育てた小麦を、どうすれば美味しいパンにできるのか。杉窪さんは、あれこれ考えてくれたそうです。
そんなクリエイティブな発想力を持つ杉窪さんに、ジョンさんは惚れ込みました。以来、ジョンさんは、杉窪さんとはまるで「兄弟」のような感覚で、付き合っているそうです。
「杉窪さんは、小麦を深く理解する人。でも、もっと小麦を知るためにも自分で作ったほうがいいとアドバイスしました」(ジョン・ムーアさん)
澤登先生との出会い
左が恵泉女学園大学の澤登早苗先生。「初めて小麦を栽培したにしてはたいしたもんです(笑)」
ジョンさんは友人の、恵泉女学園大学人間社会学部(東京都多摩市)の澤登早苗教授を杉窪さんに紹介しました。
澤登先生は、農薬も化学肥料も使わない自然農法を26年間、大学の教育農場で実践。これまで大勢の学生に自然農法を指導してきました。自らも山梨でブドウを自然農法で栽培する、生産者でもあります。
また、澤登先生は、多摩市の農業委員を務め、休耕地の活用にも尽力されていたことから、「多摩の畑で小麦を栽培しませんか」とジョンさんが、杉窪さんに勧めたそうです。
昨年の冬、澤登先生は、カフェ「15℃」に向かいました。杉窪さんに会うためです。「『15℃』でパンを食べながら、杉窪さんと話をしました。『365日』のパンも美味しかったし、杉窪さんの話も素敵でした」(澤登早苗先生)
ワインはブドウから、パンは小麦から
レストラン「ヨル15℃」の料理人も汗をかきながら、小麦を収穫していました。
農家が激減し、小麦を栽培する人も減ってきている。であれば、小麦を使う料理人が、小麦を育てるのが一番いいのではないか……というような話を、杉窪さんは澤登先生に伝えました。
小麦とパン職人の関係を、澤登先生は筆者に、国産ワインとワイナリーの関係にたとえて
説明してくれました。
それはこんな話です。
近年国内では、上質なワインが造られるようになってきました。ところが、かつてブレンド技術を重要視していた時代があったそうです。ワインはブドウで決まるはず。でも、そのブドウがおざなりにされていた時代があった、と澤登先生は指摘します。
小麦畑は多摩丘陵を見下ろす高台にあります。勾配があり、歩くだけでもかなり大変です。
「どんなに高い技術があったとしても、素材を生かさなければ、小手先だけのワインにな
ってしまいます。それに気づいたのか、近年国内のワイナリーの間で『ワインはブドウから
』という意識が高まり、ブドウを作付けするワイナリーが増えています。結果、上質なワイ
ンが造られるようになってきました」