今週のかに座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
新時代予行練習
今週のかに座は、なんか元気玉みたいなことしてみたい、そんな星回り。
「秋深む充実の緋を身にまとひ」(生駒大祐)に使われている緋色の「緋」は、火を表す赤い色の意味。それまで緑一色だった野山の植生が、秋の深まりとともに明るく豊かに色づいていく様は、まさに荘厳ないのちのシンフォニーであり、そうした「充実の緋」を「身にまとひ」というのはある種の変容体験と言っていいでしょう。
例えば、重荷をたったひとりで抱え込むとか、苦しくても我慢して努力し続けるというモードから別のモードへの切り替え。『ドラゴンボール』で言うと、スーパーサイヤ人みたいな突出した個の力で万事解決できたら痛快ですが、それだと後でいろいろとひずみを生みやすかったりする訳です。
むしろ、元気玉みたいに周囲からちょっとずつ力を分けてもらって大きな力を得る技の方が無理がないし、そのために頭を下げられるようになることの方がよほど人として成熟しているように思います。今週のあなたもまた、人間だけでなく木や花や鳥や虫などとも分け隔てなくフラットな関係を結んでみるといいかもしれませんね。
今週のしし座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
ふたたび満たされるために
今週のしし座は、いったん空っぽになっていくような星回り。
映画『ソフィーの選択』の主人公はアウシュビッツから解放されたポーランド人女性で、移住先のニューヨークで恋に落ちます。英語がまだうまく話せない彼女に、男はエミリー・ディッキンソンの「Ample make this bed(広く創れこのふしどを)」という詩の一節を読みました。
「Be its mattress straight,(ベットのマットはまっすぐに) Be its pillow round(枕も丁寧にふっくらとさせなさい)」ベッドを周到にメイクしなければならないほどに、世間の喧噪の誘惑は強く、私たちの精神を惑わせる。けれど例え救いのない日々であっても、ベッド(眠り)を丁寧に整えて、深い眠りにつき、心静かに来るべき日を待とう。
それはまるで、耳元で不意に聞こえてきた神様のささやきのよう。彼女の心はその言葉に救われたのです。そしてそういう一瞬や偶然は、誰の人生においても起こり得るものだと思います。あなたもまた、世間的な善とか正しさに従わなければという意識をパッと手放していくことになるかもしれません。
今週のおとめ座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
ドロンパ
今週のおとめ座は、まったく別の場所へと運ばれていくような星回り。
「月よぎるけむりのごとき雁の列」(大野林火)という句で特に目をひくのは、「けむりのごとき」という非凡な比喩。いつの間にか消えてなくなってしまうような儚さと、そのままでは強烈すぎる現実をそっとくるむ“うす衣”のようなやさしい手触りとが、眼前に広がる光景のなかで結びついていった時、作者の心中に「けむり」という言葉が不意に浮かんできたのかも知れません。
そうして、ここではないどこか遠くへと連れ出され、誰にも知られることなくこの世からいなくなる自分のことや、原稿用紙何枚分かの人生へと一通り思いをはせると、まるで長い旅を経て久しぶりに家に戻ってきたかのような懐かしい気持ちになるから不思議です。
旅とは意識の脱皮であり、精神の往還に他ならず、その意味で掲句には長い旅の軌跡が折り畳まれているのだと言えます。今週のあなたにおいても、突発的にどこか日常の外部へと精神が投げ出されていくようなことが起きていきやすいでしょう。
今週のてんびん座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
口や手だけでなく足を動かすこと
今週のてんびん座は、惰性ではなくまったき新鮮さをもっていつもの道を歩いていくような星回り。
19世紀末に生まれ、近代化の過程でどんどん複雑化していく都市に魅了されたヴァルター・ベンヤミンは、「遊歩しながら街について考えることは、“舗道の植物採集”みたいなもの」と述べました。こうした「遊歩」は現代日本の都会人からは遠いものになってしまいましたが、コロナ禍において、多くの人々は再び「遊歩」を取り戻すきっかけを手にし始めているのではないでしょうか。
ベンヤミンにおける「遊歩」とは、行政や新自由主義経済への黙認なのではなく、むしろそうした黙認に伴われる憂鬱な生のテンポへの抗議表明なのであり、そうであるからこそ「採集」は遊歩者にとって生き生きとしたものである訳です。
今週のあなたにおいても、これまでの袋小路から脱け出していくきっかけをつかんでいくことがテーマとなっていくはずです。