和食の世界のプロ中のプロに「味付術」を訊ねてまわるこの企画。今回お話を聞かせてくれたのは、芝パークホテル内の隠れた名店「花山椒」の若き料理長、泉 弘樹さん。ホテル内最年少料理長が実践する驚きの工夫に、目からウロコが落ちました。
macaroni編集部
最年少料理長の工夫が簡単すぎて驚いた
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プロ中のプロと呼ばれる料理人に、調味の基本といわれる「さ(砂糖)・し(塩)・す(酢)・せ(しょう油)・そ(味噌)」を覚えるだけではたどり着けない味付術を教えてもらうこの企画。
今回お話をきかせてくれたのは、2018年で70周年を迎える芝パークホテル内の隠れた名店「花山椒」の若き料理長、泉 弘樹さん。同ホテル内で最年少料理長として腕をふるう料理人が、目からウロコがポロリと落ちる驚きの工夫を教えてくれました。
温度のコントロールも味付けのうち
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泉 弘樹さん1982年生まれ、群馬出身。平成23年5月より芝パークホテル「花山椒」の料理長に就任。現在ホテル内最年少の料理長として腕を振るう。23歳でふぐ調理師免許取得。食材の味を活かした煮焚物などを得意とする。第28回全国日本料理コンクール 日本旅館協会会長賞(郷土料理部門)受賞。
——和食の味付けの基本は「さ(砂糖)・し(塩)・す(酢)・せ(しょう油)・そ(味噌)」。これ、よく聞く言葉ですが、もしかしたらそこに含まれるべき調味料、おいしい和食づくりに不可欠な要素がほかにもあったんじゃないでしょうか。泉さんがこの「さしすせそ」に何か一文字足せといわれたら、いったいなにを入れますか?
自分なら、熱、温度ですね。
——とすると「お」ですか。説明をお願いします。
たとえば刺身。冷たくないと気持ち悪いでしょう?汁物なら温かいうちに飲みたいですよね。それぞれのお料理には、調理に適した温度、食べ頃の温度というものがある。私はそれを大事にしています。
——温度の調節も調味のうちだと?
ええ。人の味覚は熱の影響を受けやすい。同じ味付けをしたとしても、温度が高いか低いかで感じ方がまるで違うんです。たとえば吸い物には冷たいものと温かいものがありますが、どちらで出すかによって味付けを変えるんですよ。
——たしか、冷たい吸い物は濃いめに味を付けるんでしたね。食べる時ばかりでなく調理するにも適温があるとおっしゃいましたが、具体的に例をあげると?
昆布の旨みが出やすい温度があって、それが60℃前後。この温度を保ちながら1時間も待つと、昆布の旨みをしっかり取ることができます。これがかつおぶしになると80℃前後。昆布と同じ温度では上手に出汁を取れません。
——食材に合った温度で調理をするしないで味の出方が違うんですね。
味ばかりじゃありませんよ。葉ものの調理でも温度はかなり意識します。茹ですぎてぐちゃっとさせてしまったら、そんなもの食べたくはないでしょう?熱の入れ方ひとつで食感や見た目だって大きく変わりますよね。
「煮物は煮込まない」が泉流
——「花山椒」のメニューの中で熱の入れ方に気を使っているものというと、どういう料理ですか?
やっぱり煮物ですね。煮込まないんですけど。
——??
煮物というと、味付けをしてからグツグツと煮るイメージをもってらっしゃる方が多いですよね。うちではそういうやり方はしないんです。
煮物をつくる時、お米のとぎ汁を使って乾物を戻したり大根やお芋を下茹でしたりという作業をしますよね。食感だけをいえば、この戻しが終わった時点でちょうどよい加減になっているはずなんですよ。
ではどうしているかというと、昆布とかつおの合わせ出汁に味を付けて煮汁をつくったら、戻しが終わった食材を入れ、沸騰させて火を止めます。あとはそのまま置いて冷やし、提供前に食べ頃の温度まで温めるだけ。
——煮込むのではなく加熱してから置いて冷やすだけなんですね。
そうです。風味のよい煮汁をつくって戻した食材を入れたら、あとは沸かすだけ。
——はじめて聞く調理法です。めずらしいやり方、といっていいでしょうか。
料理本にのっているような方法とは違いますね。食材に味が入るのは冷ましている時なので、食材にほどよく火がとおっていてすでに食べられる状態なら、食べ頃の温度になるまで温めるだけでいいんです。
——その方法なら食材にしっかり味がしみますし、煮崩れてしまう心配もありませんね。食材によって味の加減は必要ですか?
多少は。食材の量によっても変わりますし、水分の多いものなら少し濃いめに味付けするといいでしょう。味の好みもあるでしょうし、さじ加減については経験しながら精度を上げていってほしいと思います。
——ちなみに、煮物を食べる時の適温というのは何℃くらいですか?
できるだけ熱い状態で食べてもらうのが正解です。
器に盛り付けた時の温度が80℃だったとして、実際に食べる頃には60℃くらいになってしまいます。冷めないうちに食べてもらいましょう。
余談ですが、吸い物の場合、料理を運ぶお姉さんたちは椀の蓋を開けてはいけない決まりなんです。開けてしまえば椀にたまった湯気も香りも消えてしまいますから。椀の蓋を開けて湯気が立ち上った瞬間、「わぁ♪」って思うでしょう?あれもまたお料理を深く楽しんでもらうための大切な演出。熱が料理を魅力的に見せるという一例ですね。