isutaでは今週も、SUGARさんが贈る週間占いを配信。
星乃せいこさんによる「毎月の運勢グラフ」も配信しているので、こちらもぜひチェックしてくださいね♡
今週のおひつじ座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
われは星なり、われは波なり
今週のおひつじ座は、「われ」もまた「星」として生きていかんとするような星回り。
「われの星燃えてをるなり星月夜」(高浜虚子)は、昭和はじめの句。句意としては、月のない秋の夜に、満点の星が地上を照らすほどに明るい。この数限りないほどの星々の中に「われの星」も燃えているに違いない、といったところでしょうか。
この「われの星」、つまり「わたしの星」というのはかなり大胆な物言いで、頭上で輝く星を畏敬しながらも、同時に親しい友でもあるかのような感覚を持っていなければ、なかなかこういう風には言えないように思います。
作者はこのとき57歳。自分もまた地上の星のごとき存在であるという自負を、ようやく肩に力を入れることなく持つことができるようになったのか、それとも、つねに内なる星を感じることができないようでは、とても俳人とは言えないという厳しさを自分に向け続けてきたことへの大いなるねぎらいを感じたのか。あなたもまた、掲句の境地に達するつもりで日々を過ごしてみるべし。
今週のおうし座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
豊かな味と深い孤独
今週のおうし座は、存在神秘の妙味を一瞬めざめて味わっていくような星回り。
プラトン以来の理想とされた「哲人君主」の実現例と見なされた2世紀のローマ皇帝であり、ストア派の哲学者でもあったM・アウレリウスが、戦地でも書き続けた日々の備忘録である『自省録』に次のような一節があります。
「たとえ汝が三千年、いや三万年生きようとも、誰もいま生きている生以外の生を失うことはなく、いま失う生以外の生を生きることもない(中略)最も長い生涯と、最も短い生涯とは、それゆえ、同等(中略)万物は流転するが、おなじ軌跡を繰り返しているのであり、見者にとっては、それは百年みていようと二百年みていようと、永劫に同じことだ。」
無限の長さのフランスパンを想像してみるといいかも知れません。食べ切ることはできなくても、パンを一口食べただけで「味」という点では、その全体を味わったことと同等と言えるのでは。問題があるとすれば、それはむしろ「一口しか味わってないから」と、瞬間や短い今を単なる通過や過程として過小評価することの方にあるように思います。あなたもまた、長く続くものやことよりも、短く鮮烈な<味わい>にこそ集中していきたいところです。
今週のふたご座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
ただ年齢を重ねるのでなく
今週のふたご座は、上手な歳の重ね方を自分なりに追求していくような星回り。
「蛼(こおろぎ)のなくやころころ若い同士(どし)」(小林一茶)は文化七年、作者四十八歳のころの作。同じ年の作に「秋風やあれも昔の美少年」といった自身が重ねた年齢への感慨を詠んだ句がありますが、掲句はその裏返しの句と位置づけることができるでしょう。
ここで言う「若い同士」とは、男女のつれには限定しないで、広く若い仲間のあいだの関わりくらいに捉えておくといいかも知れません。こおろぎも、ころころ、ころころといい声でないているけれど、「若い同士」もまた笑ったり、かじりついたり、はつらつとしている。
「ころころ」という擬態語からは、透き通るようなみずみずしさや、カラッとした無邪気さやそこはかとないはかなさなど、ある年代に特有の質感やニュアンスが伝わってきます。「あれも昔の美少年」などとも詠っていますが、若さ特有の質感やニュアンスを否定したり、美しい音色として感じ入ったりするだけでなく、きちんとエールを送っているあたり、作者のような魅力的な歳の重ね方を真似していきたいものです。