「異次元の少子化対策」を打ち出した岸田文雄首相が国会答弁で、育休中のリスキリング(学び直し)を「後押しする」と述べたと報じられたことから、「育児の大変さを理解していない」などと批判が相次いでいます。一方で、育児による離職に不安を感じる人もいます。国や企業にはどんな支援が求められているのでしょうか。「育休中のリスキリング」の先駆者である専門家に聞きました。
まず経緯を振り返る
「育休中のリスキリング」の発端は、2023年1月27日の参院本会議の代表質問。自民党の大家敏志議員がこう述べました。
「子育てのための産休・育休がなぜ取りにくいのか。理由の一つが一定期間、仕事を休むことで昇進・昇給で同期から遅れを取ることだと言われてきました。しかし、この間にリスキリングによって一定のスキルを見つけたり学位を取ったりする方々を支援することができれば、子育てをしながらもキャリアの停滞を最小限にしたり、逆にキャリアアップが可能になることが考えられます」
「例えばリスキリングと産休育休を結びつけて支援を行う企業に対し国が支援を行うなど、親が元気と勇気をもらい、子育てにも仕事にも前向きになるという、二重三重にボトルネックを突破できる政策が考えられるのではないでしょうか」
賃金上昇に向け 産休・育休中の“学び直し”を「後押し」岸田総理https://t.co/AJNdqf0iig
岸田首相は「育児中などさまざまな状況にあっても、主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押ししてまいります」と答弁しました。
このやりとりに「育児の大変さを理解していない」「育休中に学べというのか」などの反発が相次ぎました。
岸田首相は1月30日の衆院予算委員会で「あらゆるライフステージにおいて本人が希望したならばリスキリングに取り組める環境整備を強化していくことが重要という趣旨」と説明しました。
育児を担う人に共感あれば
育児とキャリアの両立に詳しい、株式会社ワークシフト研究所所長で静岡県立大学経営情報学部准教授の国保祥子さん(経営学)は、一連の流れをこのように見ています。
「批判は主に『育休中に勉強する余裕なんてない』と『育児の大変さを理解していない』の2点です。岸田さんが直接、育休中にリスキリングすべきだと言ったわけではないものの、岸田さんのような属性の人が踏み込んだ発言をすると、育児の大変さや尊さを軽視しているように見えやすいという面は否めません。育児を担う人たちへの共感や感謝のひとことを添えていたら、印象は違ったのではないでしょうか」
国保さんは、育休中にスキルアップを学んだりスムーズな復職に向けて準備したりする勉強会「育休プチMBA」を2014年に立ち上げた、いわば「育休中のリスキリング」の先駆者です。それでも、育休中のリスキリングはあくまで個人の選択であるべき、と強調します。
「育休中にリスキリングができるか、したいかは、その人の状況と意思次第です。大事なのは次の世代の選択肢を増やすことです」
育休とキャリアのバランスの現在地について、国保さんに詳しく聞きました。
育休からの復職に「迷惑」
ーー国保さんは2014年に出産後、ママ友たちの「勉強したい」というニーズに応える形で「育休プチMBA」を立ち上げました。今でこそ法律や制度が整い、育休を取得する男性も増えていますが、8年前はどうでしたか。
2014年時点では男性はおろか、女性で育休を取得する人すらまだマイノリティでした。「育休プチMBA」の勉強会にきてくれた人たちは、「職場の育休第1号です」という人が多かったです。職場も育休中や育休明けの従業員の扱いに慣れておらず、「マタハラ」という言葉も生まれたばかり。育休は取得できても、復職後の働き方やコミュニケーションに不安を抱えている人がほとんどでした。
「育休明けの人はうちの部に配属しないでほしい」「早く帰られて迷惑だ」といったこともおおっぴらに言われていました。残業する同僚を尻目に「すみません、すみません」と謝りながら、定時に帰宅することにすら罪悪感を抱えていた人も多かったです。
ですから当時は「育休中にサポートしてくれた人たちへの感謝を忘れないようにしよう。学ぶことで復職後に恩返しをしよう」と勉強会でも呼びかけていたくらいでした。