2019年の働き方改革関連法により、時間外労働の上限規制ができたことや、年次有給休暇のうち5日間の取得が義務化されたことも大きいのではないでしょうか。
ただ、日本の休暇はやはり「休息」の意味合いが強いです。休むのは身体を休めるためであり、仕事のパフォーマンスを上げるため。経済合理性が優先されているのです。
フランスの場合は、1936年に年次休暇制度ができたころから一貫して、休暇は生きる喜びであり、人としての尊厳を知ることができる時間であるというスタンスでした。なので1日や2日の「休息」ではなく「まとまった休み」を取れなければ、人権に関わる問題だとされるのです。
日本ではようやく「休むことはいいことだ」となってきましたが、フランスでは「休まないことは悪いことだ」。これが休暇のとらえ方の大きな違いだと感じています。
フランスでは夏に2週間の連休が義務化されている
髙崎順子さん提供
ーー日本では取得が義務化された5日間の有休でさえ、人事や管理職が何度もリマインドしてようやく表向きは消化させているような企業が少なくありません。
フランスでは、休暇の取得そのものが優先度の高い「業務」ですから、部下をバカンスに送り出せない上司は無能で、業務管理がダメダメだという烙印を押されます。計画的に休暇を回せないのはマネジメントの問題であるということが明確に共有されています。
ただ、日本の中間管理職の人たちにこのことを話すと、「それはさすがにつらすぎる」という反応があるのも理解できます。
上からは「部下を休ませろ!義務だ!」と言われるけれど、仕事のやり方は変わらないし業務量も変わらないので、部下を休ませるためには自分が水面下で業務を肩代わりしなければ仕事が回らない。そうやって板挟みになって疲弊している中間管理職が多い状況なのに、さらに無能とまで言われたら、それはたまりませんよね。
フランスは仕組みがあるので休みを調整できないのは管理職の責任だと言えますが、仕組みがない日本ではまず仕組みをつくらなければならないと感じています。
「最低保証」と「持続性」の責任
ーー確かに自分の業務量だけを考えても、休むとそのぶん大変になるから、休まないほうが楽だと感じることもあるくらいです。
そうなんです。決して片手間で休めるわけではなく、必死で段取りをして休むものなんです。
フランスでバカンスの期間にも業務やサービスが回っているのは、「最低限これだけはやろう」というラインを決めているからです。バカンスではない期間は、最低限ラインから業務を上乗せしていくスタイルです。休むことを想定した目標設定になっています。私はこれは「最低保証の責任」だと思っています。
一方で、日本のビジネスシーンでよく使われている言葉は「最善」ですよね。常にベストパフォーマンスを出して、表面張力パンパンのまま維持し、さらに成長が求められるわけですから、休暇を入れ込む余地がないんです。
最低限やるべきことのラインを決めていなければ、人手が足りなくなったりメンバーが1人いなくなったりするだけでも、「業務が回っていない」ということになる恐れがあります。そのせいでサービスを提供できなくなるなど「最低保障の責任」までも果たせなくなっては元も子もありません。
ーーそこで業務が回らなくなると「やっぱり俺がいなければダメなんだ」という人が出てきそうだと想像がつきます......。
ありがちですよね。
もちろん、この人だからこそできるという個別性や専門性は、成果を上げていくうえでは強みになります。ただ、業務の属人化は組織のリスクになり、本人のリスクにもなるということは同時に考えておかなければなりません。
自らが組織にとって役立つ人材だというのであれば、継続的に働き続けるという「持続性の責任」も果たす必要があります。人間は機械ではないので、働き続けるためには休まなければなりません。休みを取らなかったせいで心身が不調になって仕事に戻れなくなるのは本末転倒です。
自分が代替不能で不可欠な存在でいたいというエゴが、無駄な仕事を増やす方向に作用していないか、働き方を見つめ直してみてほしいです。「最低保障の責任」と「持続性の責任」を果たすためにも、「休まないのは悪いことだ」という考え方を日本で広めていきたいです。
髙崎順子さん提供
ーーとはいえ、いきなり2週間の連続休暇を取れたとしても、慣れていないのでどうしていいかわかりません。不安でついパソコンを開いてしまいそうです。
実は私もこの本を書くまでは最長1週間の休暇しか経験したことがありませんでした。仕事で遅れをとる不安と、事前に仕事を調整するわずらわしさがあったからです。パソコンをバカンス先に持参し、1週間が過ぎると夫や子どもは遊んでいるのに自分だけ仕事をしていました。
2022年の夏、初めて2週間まとめて休もうと決め、パソコンを封印しました。緊急のメール以外は返信もしないことにしました。たまっていた本をゆっくり読んだり、家族と自然の中で思いっきり遊んだり、1週間の休みではできなかったことをとことんやりました。
「1週目で休みに慣れて、2週目で完全に休める」と聞いていたのですが、2週間後にパソコンを開いたとき、「この感覚か!」と驚きました。完全に休み切って満たされていたので、仕事に戻れることが楽しくて仕方がなかったんです。1週間と2週間は大きな違いがあると感じました。
『休暇のマネジメント』(KADOKAWA)