試食した「ひどい麺」
しかし、ここからが大変でした。
まず、丸ごとの野菜を調達するのにかなり苦労しました。捨てている部分も含んだ原料が見つからない。世界中を飛び回って協力してくれる会社を探しました。
それに加えて、野菜で麺をつくることのハードルの高さがありました。
通常の麺は、小麦粉に含まれるたんぱく質のグルテンがつなぎの役割をしているのですが、野菜はほとんどが水分と食物繊維とミネラルですから、弾力性をもつ成分がありません。
粉砕した野菜で麺をつくっても、それはもうひどい麺の連続で......。プロジェクトリーダーにも何度もひどい麺を試食してもらうはめになり、軽々しく「できます!」なんて言わなければよかったと後悔しました。
ただ幸いにも、ミツカンは鍋つゆのトップメーカーとして春雨を製造していたことがあり、麺づくりの知見はあったんです。
春雨の原料は緑豆で、デンプンの力を利用して麺をつくっています。野菜は難しくても、デンプンを含んだ豆であれば麺をつくれるんじゃないかと、原料の選択肢を豆に広げていきました。豆といっても大豆のように油分が多い豆ではなく、雑豆(パルス)と呼ばれるデンプンを含んだ豆です。いろいろな雑豆を次々と試しました。
豆の麺づくりは、世界中で誰も成功していませんでした。グルテンフリーが流行っているアメリカには豆の麺があるにはありましたが、力ずくでギュッと押し固めて麺の形にしているだけなので、正直なところ、ゴムを噛んでいるようで1本も食べ切れませんでした。
食感も味も満足できる麺は豆でも難しいのか、と途方に暮れていた2018年頃だったでしょうか。部下から「黄えんどう豆だけでつくったら、こんな麺ができました」と報告があったんです。食べてみると、これまでのひどい麺とはまったく違っていた。鳥肌が立ちました。
これならいける!と、黄えんどう豆を原料とした開発に舵を切っていくことになりました。
黄えんどう豆
画像提供:株式会社ZENB JAPAN
薄皮さえ外せたら
ところが、そこからも一筋縄ではいきませんでした。
商品化するにあたっては生産体制を整える必要があり、原料を安定的に確保できること、新たな設備を導入すること、コストを抑えることなど、さまざまな課題があります。
一番つらかったのは、黄えんどう豆の薄皮まですべて使うという点です。薄皮さえ外せば、加工のハードルはグンと下がりますし、香りや舌触りもよくなります。「薄皮がなくてもまるごとと言っていいんじゃないか......」。皮を外すほうに何度も心が動きました。
そんなとき、酒粕から粕酢を生み出して新たな食文化をつくった創業者のことが頭をよぎりました。やはり皮入りで実現したいという気持ちが、あきらめる誘惑にちょっとだけ優ったんですね。皮の栄養素やZENBのコンセプトを考えても、これは曲げられない戦いだと思い直しました。
麺の直径や原料の処理方法を変えるなどわずかな改良を積み重ね、食感や品質を改善していきました。発売後も大量に生産できる体制を整えるまでには1年ほどかかり、関係者に迷惑をかけたこともありましたが、安定生産できるようになった今となっては、あのときに妥協しなくてよかったと思います。
画像提供:株式会社ZENB JAPAN
豆は、高タンパク、高食物繊維で、米や小麦と比べて糖質が低いです。水をほとんど使わず栽培できるうえ、豆の根に棲みついている根粒菌という微生物が大気中の窒素を窒素肥料として吸収するので、化学肥料の使用量を抑えることもできます。つまり、おいしく、健康に良く、環境負荷が少なく、米や小麦に次ぐ新たな主食としても最適な素材だったのです。
このことに気づいたときに、過去に取り組んできたことや失敗してきたことも含め、すべてが有機的につながったと実感しました。同時に、つながるように意識しながら仕事をすることも重要なんだなと感じています。
最初に「目標品質」をつくる
ミツカンの「やがて、いのちに変わるもの。」というビジョンは、どこに行っても胸を張って言える素晴らしい言葉だと思っています。技術者としては、きれいなことを言うだけでなく、実感できるような商品をつくり上げないといけない。誰もつくったことがないものをつくり出すという使命感のもと、失敗を積み重ねても、愚直にものづくりを続けていかなければならないのです。
技術というものは、やり続けている限りは、後退することは絶対にありません。失敗の連続で、たとえ前進したとしても目に見えないことも多い。それでも、着実に、確実に、積み上がっているのです。1カ月前よりも1カ月後は進歩しているし、半年後になるとそれは大きな差になります。その進歩をちゃんと比較して、チームで共有していくことが大切です。
野菜の麺づくりのときのように、僕がすぐ「できます!」と言ってしまうので、部下は困っているかもしれないのですが(笑)、決して無責任に言っているわけではありません。知見や技術のストックが根拠になっていますし、必ずやれるという信念と、できるまでやるんだという執念をもっているからです。
ZENBの開発を担当した新規事業開発R&Dチーム
画像提供:株式会社ZENB JAPAN
難しいものづくりを信念と執念をもって進めるために、大切にしていることがあります。
「手錠がはまるようなこと以外はどんな手段を使ってもいいから、まずはおいしいものをつくり上げてほしい」
チームにはこんなふうに伝えていますが、つまり、まだ世の中にないものをつくるときには、期待を上回る地点を目指してほしいということです。どうやって原料を調達するのか、コストがどれくらいかかるか、どういう設備でどうやって製造できるのか、といったことは一切考えないでほしい、とも話しています。
こうしてつくり上げたものを、我々は「目標品質」と呼んでいます。
最終的には商品にすることが前提なので、「目標品質」のものを実際につくるとなると手間もコストもかかり、現実的ではありません。ですが最初に「目標品質」ができたら、あとは引き算をすればいいのです。
余分な原料やプロセスはないか、コストをどう抑えるか、どんどん引き算していく中で、おいしさなど譲れない要素を明確にしていきます。どうしても「目標品質」との差が生まれてしまう部分もあります。それでも世の中を見渡したときに、我々の商品が差別化されていてお客様のためになるのであれば、発売する意義があると考えています。
ゼンブヌードルの原材料は「黄えんどう豆粉」のみ
Akiko Kobayashi / OTEMOTO