写真提供:平安伸銅工業株式会社
ーー選択的夫婦別姓の導入と、つっぱり棒メーカーのビジョンとのつながりは、すぐには想像しづらいです。
私たちの会社の主力商品は、つっぱり棒とつっぱり棚です。伸縮性や仮設性が高いこれらの商品を使えば、家の間取りや家具に個人の暮らしを合わせるのではなく、一人ひとりの暮らし方に合わせて生活空間のほうをアレンジすることができます。
平安伸銅工業のビジョンは「アイデアと技術で『私らしい暮らし』を世界へ」。私たちの商品を通してユーザーが「私らしい暮らし」を実現することが、会社として叶えたい未来像です。逆に、私らしさを阻害するものがあれば、商品やサービスを通じて解決していくことが、会社の存在目的ともいえます。
私たちの商品が提供している可変性やカスタマイズ性をより抽象化すると、社会全体の自由度を広げていく大切なキーワードになるととらえています。つまり、「選択肢がない」という課題に対して真摯に向き合う姿勢が、平安伸銅工業のビジョンの実現には必要なのです。
「選択肢がない」という課題は、結婚後の姓についても言えます。夫婦どちらかの姓しか選べないことは人によっては不自由な状態なので、一人ひとりの暮らしの自由度を上げられるよう選択肢を増やすことに協力していきたい。これが、平安伸銅工業が選択的夫婦別姓に賛成する理由です。
ーー社長個人の課題感ではなく、社内でもコンセンサスを得ていると。
選択的夫婦別姓に限らず、私らしさを阻害するであろう社会課題に対して企業として向き合うために「サステナビリティ方針」を策定しました。コーポレートブランディングの一環で、1年半前から社内で議論を重ねてきました。
「『私らしい暮らし』を実現できる商品やサービスの提供」のほかに、「多様なメンバーが才能を発揮できる環境」や「暮らしに関わる社会課題へのアプローチ」などの6項目があります。
方針を決めるにあたり、最初は経営者として私の思いを伝えたうえで、よくある大企業のワークショップのようにプロジェクトチームで議論して、数ある社会課題を総花的に抽出していきました。
ただ、サステナビリティってある面、今までやってきた当たり前のことを切り口を変えて言語化することでもあるので、新しく取り組むという視点に立つと、それ自体が持続可能とは言えないという矛盾をはらむんですよね。
そこで「確かにすべての社会課題に取り組まなければいけないのだけれど、その中でも私たちがやるべきことは何だろう」「私たちは何者なんだろう」という問いに行き着きました。対外的なポーズにならないよう、ちゃんと本業とシナジーがあって、自分たちが活動する意義のあることや実行できることに絞り、具体的な取り組みを整理しました。
ーー竹内さん自身は3代目として事業承継したけれども、結婚して「竹内」に改姓されたんですね。
私は2010年に結婚したときに、夫の姓の「竹内」に改姓しました。当時、私の旧姓の「笹井」に改姓してほしいと夫に切り出す勇気はありませんでした。
今ほど夫婦別姓について認知や理解が広がっていませんでしたし、夫は実家の「墓守」としての役割を期待されていたので、妻の姓を名乗るという選択肢を提示すること自体がタブーだという気がしていました。
すでに家業を継ぐことは決まっていましたが、幸いにも私の場合は、両親からは「笹井」の姓を継ぐことを求められてはいませんでした。
父は、家や家業を継ぐことが人生の既定路線になっている人たちが苦しむ様子を見てきたからか、「個人の尊厳よりも家を守ることを優先すべきではない」と感じていたようです。娘3人には家業を継ぐよう強要することもありませんでした。結果的に私が継ぐことを決めたのでサポートはしてもらえましたが、プレッシャーを感じたことはありません。
私は昔から姓に由来する「ささ」というニックネームで呼ばれていて、姓を変えると自分自身が消えてしまうような感覚がありました。なので家業のためというより個人的な思いから、改姓後もしばらくは旧姓を通称使用していました。このときは旧姓と戸籍上の姓を使い分けることの不便も感じていました。
常務取締役で夫の竹内一紘さん(左)と、代表取締役で妻の竹内香予子さん
写真提供:平安伸銅工業株式会社
どちらかに従属しない関係
2014年に夫が会社に入ることになり、夫婦で経営しているのに姓が違うのはおかしいという理由から通称使用をやめ、戸籍上の姓の「竹内」を名乗って仕事をするようになりました。ファミリービジネスであることをわかりやすくする目的に加え、外から経営に入ってきた夫の権威を保つ意味もありました。「平安伸銅工業は竹内さんファミリーの会社だ」と社内外に見られるように環境を整えたんですね。日本では姓の権威がそれだけ強いということなんだと思います。
事業承継した女性という立場では、こうした商慣習にも根強いジェンダーバイアスを感じます。
まず、家業は男性が継承するものだという家父長制の大前提があります。このため家業がある女性と結婚すると、男性のほうが「相手の家に組み込まれてしまう」ような感覚になり、男性としてのアイデンティティが毀損されるというのは、事業承継した女性たちからよく聞く問題です。男性側の家族に反対されて結婚が破談になったという話も耳にします。
結婚後の姓にしても、約95%が夫の姓を選択しています。妻の姓を名乗る男性は少数派で、「相手の家に組み込まれる」という見方も根強くあります。名乗る姓をどちらかしか選べないことで本人たちが望む関係性を築けないというのは、「私らしい暮らし」とはほど遠いと感じます。
夫婦で別の姓を名乗るという選択肢があれば、結婚でどちらかがどちらかに従属するというイメージを持たずに済むのではないでしょうか。さまざまな属性の人が活躍する場をつくるためにも「選択できる」ことが大切だと思います。
日用品メーカーの枠を超える
ーーところで竹内さんは、つっぱり棒の「ダサい」「オワコン」といったイメージを打破する話題づくりでも注目されています。
私が入社したときに感じたのは「平安伸銅って、年間何百万本もつっぱり棒をつくって売ってるんだけど、誰が買ってるの? なんでこんなに売れてるの?」という素朴な疑問でした。