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[7/19〜7/25の運勢]7月4週目の運勢はどうなる?SUGARさんが贈る12星座占いをチェック!

カルチャー

今週のかに座の運勢

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illustration by ニシイズミユカ

私はあつくるしい人間でございます

今週のかに座は、みずから自分の定めや運命に接近していこうとするような星回り。

「御僧の息もたえだに午寝(ひるね)かな」(村上鬼城)は、僧が老いて午寝をしており、その寝たところを見ていると、息をしているのかしていないのか分からないくらいだ、という情景が詠まれている一句。それは半ば死人のようでもあるし、ほとんど木石かとも疑われるように、まるで生気を感じさせない様子だったのでしょう。

自身もまた耳が不自由であったり、生活が絶えず困窮していたこともあってか、作者の目は老や貧、弱者、廃疾に対する熱情はとどまることを知らず、そうした境遇を凝縮した世捨て人のごとき目の前の相手に、おのがたましいを集中させているのです。

こうした、たまたま道ですれ違った乞食に深い共感を寄せるとともに、もう一人の自分を見出す感性こそが、作者を並みの人物とは一線を画す由縁となっていたのかも知れません。あなたもまた、掲句のような偶然をこそ天の恵みとして受けとっていきたいところです。

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今週のしし座の運勢

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illustration by ニシイズミユカ

自慢するなら味自慢

今週のしし座は、自分なりの感覚を信じて、思いきりそれを打ち出していくような星回り。

病院や学校で出される「制度化された食事」というのは、往々にして「マズい食事」であったり、アレルギーの思い出として残っているものですが(今は違うのかも知れませんが)、今にして思えばそれこそが産業社会の味だったのかも知れません。

しかし考えてみれば、そうした体験が例外的なものであるということは、もっと目を向けるべき事柄なのではないでしょうか。というのも、西洋近代発のテクノロジーやインフラが、恐るべき強制力をもって私たちの日常に均質性をもたらしていく中、食という領域に関しては少なくともグローバル化の波を受けつつも、特殊な在り様を呈しているから。

すなわち、食にはそれを価値づける統一規格も原理化されたコードもなく、「なにがうまいか」という答えはてんでばらばらであり、その意味で均質化からの逸脱に成功している、社会における稀少な領域なのだと言えます。どんなにテクノロジーが発達しようとも、「食のイノベーション」というのは、それが「うまいもの」をもたらしてくれるのでなければ意味がないがゆえに、制度化や機械化が進みにくいのです。あなたも、地元の味や自身の舌で感じた価値をこそ他の何よりも大切にしていくべし。

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今週のおとめ座の運勢

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illustration by ニシイズミユカ

移りゆく私に聴き入る

今週のおとめ座は、自身の内面世界の在り様を、いつも以上に繊細に感じ取っていこうとするような星回り。

「心音を聴きゐる部屋の夏景色」の作者・布川武男の専門は、小児科だという。それもあってか、この作品にはさわやかな明るさが感じられます。日差しの感じが変わって室内がすこし明るくなり、窓のカーテンも涼し気に揺れている。看護師の白衣もよりクッキリして見えて、診察室の花瓶には小ぶりのひまわりが活けてある。きっと、胸に当てた聴診器から聞こえてくる鼓動もさざなみのようにかわいらしいものだったはず。

作者はいつもと変わらずに仕事に励みながらも、そういうかすかな季節の変化の機微を感じているのでしょう。同時に、掲句の「部屋」とは作者のこころそのもののメタファーでもあり、自身のかすかな変化にも意識を研ぎ澄ませているのかも知れません。

そういう意味では、作者にとっては俳句そのものが、自身のその時どきの在り様を浮き彫りにしてくれる、心の医者のような存在なのだとも言えます。あなたもまた、世間の喧噪に振り回されるのではなく、少しずつ変わっていく自分自身の在り様にこそ意識を向けていくとといいでしょう。

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今週のてんびん座の運勢

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illustration by ニシイズミユカ

吐息と解放

今週のてんびん座は、追い詰められた重苦しいさから、一時的に解き放たれていくような星回り。

南海の孤島にたてこもり、180名の部下たちと特攻作戦に従事し、逃れられぬ死の呪縛の中で出撃命令を待つ、局限的な状況を描いた戦記小説である島尾敏雄の『出孤島記』。その小説の中には、特攻隊の基地のある浦の陰を描くとは対照的な筆致で書かれた、浦の外側、その外界へと抜ける岬の描写があります。

島尾にとって、この岬の鼻が特別の昂揚感と自由さとともに描かれたのは、その隣村に住むひとりの女性のためでもありました。言うまでもなくそれはのちの島尾夫人ミホだったのですが、この浦の外側へと抜けていく描写は、本来は決して交わりえない、軍という公的世界の規律が海=女性という自然の律動へと開けていく奇跡的な交わりの光景でもあったのです。

あなたもまた、そんな規律から律動への開けと軌を一にしていくところが出てくるのではないでしょうか。

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