無料の会員登録をすると
お気に入りができます

“なんでも屋”になると損をする、なんてない。

ライフスタイル

ドイツテレビ局のプロデューサーからドイツ語の通訳・翻訳、カルチャー分野のライター、はたまたコメンテーターとしてのテレビ出演まで、多岐にわたる仕事をこなすマライ・メントラインさんは、自身の肩書について「職業はドイツ人」を自称している。ビジネスシーンでは職種や業務内容を端的に表す分かりやすい“肩書”が求められがちだ。専門性を高めることがキャリア形成に有利になる一面もあることから、さまざまな業務やタスクをこなす、いわゆる“なんでも屋”にネガティブな印象を抱く人も多い。しかしマライさんは自身の経験から「フレキシブルな肩書のニーズは意外とある」と話す。肩書や職種に“こだわらない”ようにしているというマライさんに、そのメリットや時にネガティブになってしまう“仕事との向き合い方”について伺った。

自分より適任者がいるかもしれないけれど、その時その場にいたのは自分だった

しかし、肩書が1つではないからこその悩みもある。同じ立場・職種として働く人が自分以外にいないため、現状のスキルや成長が見えにくい点もその1つだ。それに加え「自分よりも適任者がいるのでは」と悩むこともあるという。

「日本はコネ社会だとよくいわれますが、例えば同じスキルを持っていそうな人が2人いたら、間接的にでも知っている方や、付き合いがある方を選んじゃうんですよね。

だから仕事が来ると『本当はもっと適任の人がいて、その人のチャンスを私が奪っているのかもしれない』と思ってしまうこともあるんです。絶対にもっと“うまい”人がいるはずなのになって」

そんな悩みに襲われた時、マライさんは「でも、その場にいたのは自分だった」と考えるようにしているそうだ。

「私よりいい文章を書く人も、私よりいい編集ができる人も絶対にいる。でも、その人たちはその場にはいなかった。どんな理由であれ依頼を受けたのが自分だったなら、その分精いっぱいやるしかないんです」

picture

しかし入念な事前準備をしたにもかかわらず、100%のパフォーマンスを発揮できなかったと感じる仕事も時にはある。大切にしているのは、自分自身を客観視することだ。

「もちろん、悪かった点は理由を分析して、改善できるよう努力します。でも、そもそも私が何をどれだけ準備していて、その事前準備に値する成果が出せたかどうかなんて、私以外は分からないわけです。だから、必要以上に落ち込みすぎてしまいそうになった時は『でも、客観的に見てどうよ?』と視点を変えるようにしています。

一緒に仕事した人は喜んでくれていたはずとか、視聴者からも悪い反響は来ていないとか、そういうことを材料にいったんは納得して、割り切ります。どうしても落ち込んじゃう時は……最終的に『私に声がかかったそれ自体に何か意味があったんでしょ』って考えるようにして、夜はできるだけ寝るようにしてますね(笑)」

「ドイツにまつわる仕事しかしない」という制約は設けたくない

「職業はドイツ人」という現状の肩書を、マライさんはとても気に入っているそうだ。しかし将来的には、もっと自由な肩書にしてもいいかもしれない、とも考えている。

「いずれは『人間です』とか『マライです』みたいな肩書にできたらいいな、と(笑)。朝のワイドショーでコメンテーターをしていたことがあるんですが、その番組はドイツに関する知識や情勢を紹介する役割ではなく、あらゆるニュースに対するコメントを発することが求められたんですね。

そういうところに『ドイツ人だから』という理由ではなく『ドイツ人であるマライ』を呼んでくれたのが、すごくうれしかったんです」

picture

ドイツ人であることは今後も変わらないし、仕事を通じてドイツと日本の文化や風土を相互に伝え続けていきたいと考えている。しかし「ドイツ」というのはある意味、1つのきっかけや触媒であり、実際には文化翻訳全般が生きがいのようなものだとも話す。

「いくら『職業はドイツ人』と言っても、私に全ドイツ人の代表はできないわけです。もちろん『ドイツではこういう意見が挙がっています』というのはなるべくフェアに紹介しようとは思っているけど、紹介するのは結局、私という一人の人間だから。

職業から離れた自分らしさももちろん持っていますから、今後はそういうところもアウトプットできたらいいなと思っています。時代ごとのニーズに合わせて、もっともっと進化していきたいですね」

「私は肩書をどんどん広げていますが、専門性はいらない、とは思いません。最初はまったく分からない仕事でも、ゼロから勉強することで、徐々にそのスキルが身についていくんです。だから、過去に上手にできなかった仕事も、いまであればできる。そういうふうに、スキルアップするための試練は定期的にやってくるし、それが専門性に結びついていくこともあると思いますよ」
取材・執筆:生湯葉シホ
撮影:関口佳代
編集協力:はてな編集部

picture

1983年ドイツ北部の港町・キール生まれ。幼い頃より日本に興味を持ち、姫路飾西高校、早稲田大学に留学。ドイツ・ボン大学では日本学を学び、卒業後の2008年から日本で生活を始める。NHK 教育テレビの語学講座番組『テレビでドイツ語』に出演したことをきっかけに、翻訳や通訳などの仕事を始める。2015年末からドイツ公共放送の東京支局プロデューサーを務めるほか、テレビ番組へのコメンテーター出演、著述、番組制作と幅広く仕事を展開しており「職業はドイツ人」を自称する。近著に池上彰さん、増田ユリヤさんとの共著『本音で対論! いまどきの「ドイツ」と「日本」』(PHP研究所)がある。

Twitter @marei_de_pon

@marei_de_pon
オリジナルサイトで読む
記事に関するお問い合わせ