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家事能力ゼロから成長して仕事もできる「キラキライクメン」を理想像にしていいのだろうか

「イクメン」が新語・流行語となったのは2010年。ここ10数年で男性の育児をめぐる状況は大きく前進しました。一方、「イクメン」という言葉は、男性たちが競争社会から逃れられない構造を覆い隠してもいるのでは......。モヤモヤの正体は何なのか、それを越えることはできるのか。気鋭の研究者2人が語り合いました。

中野円佳(以下、中野) 関口さんの近著『「イクメン」を疑え!』は、そのタイトルから「父親が育児をするのは当たり前なのに、イクメンと呼ぶのはいかがなものか」という議論を想像して手に取りました。ところが、もっと深い話が展開されていておもしろかったです。

関口洋平(以下、関口) 僕自身が共働きで子育てする中で「イクメン」という言葉につねづね違和感を感じていました。

育児に積極的に関わる男性を指す「イクメン」は、2010年に新語・流行語大賞を受賞しました。一方、アメリカでは1970年代後半から、育児と仕事を両立させる「イクメン」的な父親が文化の中に登場しています。

1979年に公開されたアメリカ映画『クレイマー、クレイマー』をはじめ多くの映画で、仕事と育児を両立させる父親が「理想の父親」として描かれてきました。このような「育児をする父親はカッコいい」という軽いニュアンスが「イクメン」という言葉には含まれているように感じます。

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関口洋平(せきぐち・ようへい)/ フェリス女学院大学文学部英語英米文学科助教
1980年生まれ。東京大学大学院人文社会研究科にて修士号、ハワイ大学マノア校アメリカ研究科にて博士号を取得。東京都立大学人文社会学部英語圏文化論教室助教を経て現職。2018年、アメリカ学会斎藤眞賞受賞。専門はアメリカ研究。特に、アメリカ文化における家族の表象について研究している。著書『「イクメン」を疑え!』(集英社)

イクメン」を疑え!

撮影/露木聡子

『クレイマー、クレイマー』は日本でも1980年に公開され、「イクメン映画」を代表する作品として定着しています。日本の男性の現状と比較して、「アメリカに比べると日本はずいぶん遅れている」という批判をよく聞きます。

もちろんジェンダー平等に関して日本社会に課題が山積していることは明らかです。ただ、「日本社会は遅れている」という前提が「欧米社会は進んでいる」なのであれば、そのマイルストーンとなっている「欧米」は本当に「ジェンダー先進国」なのでしょうか。「イクメン」という言葉にはさまざまな現実が覆い隠されているのではないかと思い、本の中で読み解いています。

中野 第1章「日本の父親は遅れている?」で、雑誌『FQ』のイギリス版を紹介していましたよね。2004年の号では女優のセクシーな面に焦点が当てられていて、「子どもが生まれても自由でありたい」というイギリスの父親たちのリアルな願望の反映ではないかという考察でした。日本で語られる「欧米像」とのギャップがつまびらかにされていておもしろいなと思いました。

私は夫の転勤で2017年から5年間、シンガポールで暮らしました。2012年ごろからの政府の「女性活躍推進」が議論されている際に、外資系金融機関に勤めている人たちなどから「シンガポールや香港のようにメイドを雇えるようにすればすべて解決するのに」という発言をよく聞きました。

シンガポールの子育て家庭には葛藤がないかのように書かれている学術書や論文もあります。しかし、実際に住んでみて、いろいろな人に話を聞いたり実際に経験したりしてみると、住み込みメイド方式はトラブルや構造的な問題もあり、生易しい制度ではないことは近著の『教育大国シンガポール』で詳しく書いています。

日本の育児を語るとき、欧米やシンガポール、香港に対して抱きがちな「理想郷」のイメージが本当にそうなのか、丁寧に追っていくことは大事だなと思いました。

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写真はイメージです
Adobe Stock /  polkadot

「進んでいる国」の実態は

関口 日本では「欧米像」は大きなくくりで語られ、画一的なイメージになってしまいがちです。社会学や歴史学などの知見に基づきながら現実をより注意深く、個別に吟味する必要がありますよね。

中野 例えば「イクメン」のイメージが先行しているアメリカは、保育料がすごく高いですよね。

関口 そうなんです。アメリカでは保育に対する公的な支援は限定的で、基本的に市場原理に委ねられています。日本と比べて保育に関する選択肢は多いものの、裕福ではない家庭にとっては利用できる選択肢は限られています。

アメリカで母親が働いている間に5歳以下の子どもの面倒をみているのは、デイケアセンター(保育園)が21.1%なのに対し、父親が29.3%。アメリカの父親が子育てを担っているのを、単純に「イクメンが多いから」「ジェンダー先進国だから」と理解するのではなく、こうした制度の違いも視野に入れておく必要があります。

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アメリカにおける保育ケアの種類(5歳以下の子どもがいて母親が働いている家庭)2011年
出典:『「イクメン」を疑え!』

中野 夫婦ともに高収入の「パワーカップル」にとっては保育の選択肢が多いことはいいかもしれませんが、そうではないカップルの場合、父親がいくら育児を担ったとしても大変じゃないかと思うんですけど、共働き育児は成り立っているんでしょうか。

関口 そこは僕もずっと疑問に感じていますが、ひとつには仕事が日本よりフレキシブルで長時間労働ではないということがあります。もうひとつは、親族のネットワークです。特に黒人にとっては親族の間で育児を頼み合うというのが珍しくないようです。デイケアより安価なファミリー・デイケアやメイドなどを組み合わせている人もいます。

失敗する父親を笑う

中野 母親が不在のときは父親がワンオペで育児や家事を担うわけですが、メディアでの「イクメン」の描かれ方では関口さんの本を読む前から気になっていることがありました。

例えば『Mr.インクレディブル』の続編の『インクレディブル・ファミリー』(2018年)では、母親が任務で留守にしている間、父親が家事と育児に奮闘します。最初は失敗ばかりして、だんだんと習得していくというパターンは、関口さんが本の中で分析している『クレイマー、クレイマー』(1979年)や『ミセス・ダウト』(1993年)とも似ていますが、失敗ばかりする父親を「あるある」と笑いものにしているところがある。

「お弁当をつくるのはお母さん」「おむつを替えるのはお母さん」といったわかりやすいステレオタイプが批判される一方、失敗ばかりして成長する父親像というのもまた一つのステレオタイプ的な描かれ方ですよね。

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