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家事能力ゼロから成長して仕事もできる「キラキライクメン」を理想像にしていいのだろうか

子育て
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中野円佳(なかの・まどか) / 東京大学男女共同参画室特任助教
1984年東京都生まれ。東京大学教育学部卒業後、日本経済新聞社入社。育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に入学。同研究科に提出の修士論文を基に2014年『「育休世代」のジレンマーー女性活用はなぜ失敗するのか?』を出版。15年よりフリージャーナリスト。キッズライン報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞、第2回調査報道大賞デジタル部門優秀賞受賞。近著『教育大国シンガポール 日本は何を学べるか』(光文社新書)

教育大国シンガポール 日本は何を学べるか

提供写真

関口   1980年代から90年代の父親の育児映画ではお決まりのパターンですね。『クレイマー、クレイマー』は、ずっと仕事ひとすじだった父親が、妻が家を出たことで家事と育児に奮闘するストーリーです。料理に慣れておらず最初はフレンチトーストを焦がしてしまいますが、最後のシーンでは完璧に作り上げ、父親の成長ぶりが象徴的に描かれていました。

家事や育児が全然できない状態がスタートラインで、ちょっと頑張ったらひと通りできるようになってハッピーエンドという扱いは、男性に対してハードルを下げすぎていますよね。

中野 そんなステレオタイプな描かれ方には違和感がある、と男性たちから指摘があってもよさそうですよね。

関口   そうですね。さらにこうした映画では、女性が「家庭を捨てたキャリアウーマン」として加害者のように描かれ、ワンオペ育児をする男性が被害者のように描かれがちでもあります。映画そのものが男性中心的な視点で制作されているからです。

映画などの作品は社会を映す鏡だと言われます。けれども映画は現実をそのまま映しているわけではなく、「現実とは違うけれどこうなりたい」という理想や願望も投影されています。単純に映画の中に「イクメン」が登場したからといって社会も同じ状態だということにはならないわけで、作品を個別の文脈のなかで読み解いていくことで、その表象がつくりあげようとしているのがどんな世界なのかを考えることができます。

『クレイマー、クレイマー』にしても『ミセス・ダウト』にしても、男性の育児に焦点を当てたという点では、「育児は女性が担うものだ」というそれまでのステレオタイプとは一線を画しています。しかし、父親の「つらさ」がことさらに強調され、女性が排除されて男性のほうがフェミニズムを体現する主体のようになっている点については、フェアではないと感じます。

排除されてしまっていた女性の視点も入れると、映画が伝えるメッセージはまた違ったものになってくると思います。もっとも最近では、最初から父親が少なくとも家事くらいはできるというところから始まって、子どもとの精神的なつながりがより中心的なテーマになっている映画も出てきています。

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関口洋平さんの『「イクメン」を疑え!』(集英社新書)、中野円佳さんの『教育大国シンガポール 日本は何を学べるか』(光文社新書)

「イクメン」を疑え!
教育大国シンガポール 日本は何を学べるか

Akiko Kobayashi / OTEMOTO

育児はビジネススキルなのか?

中野 もう一つ、2010年代に「イクメン」が礼賛された背景にあった「育児はビジネススキルにつながる」というアプローチに対する指摘も印象的でした。

当時を振り返ると、「育児をする父親は出世をする」とでも言ってビジネス上の価値を見出してもらわないと、経営者や企業トップだけでなく当事者の父親さえも説得できなかったのではないかとは感じます。

ダイバーシティの議論も同じで、多様な人材がいるとパフォーマンスが上がるので女性を積極的に登用せよというロジックが日本でも席巻して、私も著書『「育休世代」のジレンマ』(2014年)前後ではそこに加担していた面もあったと思います。でも本当にそのロジックでよかったのか、そのロジックでは「じゃあ役に立たなければやらなくていいのか」というのは今すごく問われてきていると思います。

関口 そうなんです。「育児はビジネスの役に立つ」というロジック自体が完全に間違っているとは僕も思いません。企業のトップの意識を変えていかないと社会全体が変わらないという背景はあったので、そういうロジックを使う人がいてもいいし、一定の効果もあったと思います。

ただ、このような個人を経済的なものさしで測る「新自由主義」的なアプローチが有効なのは、ホワイトカラーのエリート男性だけなのかもしれません。育児ですら競争原理に組み込まれ、ビジネスの役に立つか立たないか、自分自身の価値を向上させられるかどうかで評価されてしまうことが果たして良いことなのか。その評価軸では、たとえば非正規の労働者が仕事と育児を両立するにはどうすればいいのかといった視点が抜け落ちてしまうのではないでしょうか。

中野 エリート男性が「育児はビジネススキルにもなる」と信じて、自分のため、企業や組織のため、国のためのセルフマネジメントに邁進する一方で、そこからこぼれてしまう人たちはたくさんいますよね。

しかも、子育てにもその考え方の延長で向き合い、子どもの教育や受験にのめりこんでいく「イクメン」がいることも気になっています。

次回はこの話の続きができたらと思います。

※2023年5月29日に後編を公開する予定です

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