一歩でも下がったら落ちる
ところが、祖父が体調を崩し、父が北海道と富山を行き来しながら両方の会社をみることに。久しぶりに東京で父と会い、その話を聞いた佐渡さんは「帰らなければ」と決意しました。
「経営を知らない、薬のことも知らない。デザインしか学んだことがない30歳が、住んだこともない富山にやってきて、経営状態がジリ貧の会社に突然、入社したんです」
カフェのオーナーであり、製薬会社の社長でもある佐渡英泰さん
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
ドラッグストアの台頭で配置薬の需要が減ったうえ、源平製薬では分業体制があだとなっていました。製造拠点だった富山には、営業担当もいなければ販売のノウハウもない状況で、まずは販路を開拓しなければならなかったのです。
佐渡さんは配置薬の販売会社を探したり、ドラッグストアに営業に行ったりしましたが、軒並み門前払い。ある営業先から「楽天で1位になったら置いてあげてもいい」と言われ、「それなら自分の思いを詰めた言葉で売るほうがいい」と奮い立って通販事業に参入しました。
薬づくりにまつわる古い道具を展示している
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
しかし、通販をはじめてわずか1年の2015年ごろから、耳鳴り、突然の高熱、不眠など、身体の異変に悩まされるようになりました。
「がむしゃらに気持ちだけでやってきたのですが、知識不足、キャパオーバーで身体がついていかなくなりました。前職から徹夜には慣れていたつもりでしたが、働けないようではいよいよ崖っぷちでした。心と身体が一致しない日々で、一歩でも下がったら崖から落ちるような感覚が続いていました」
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
真の健康とは
佐渡さんはこの頃、自分の心身の不調と重ね合わせて「薬の役割は何か」「健康とはどういう状態か」を突き詰めて考えるようになったといいます。いったん病気になると、悪循環で身体も心もどんどん不調になっていきます。であれば、「未病」と言われる病気の手前の段階でアプローチして、逆にポジティブな循環をつくることはできないものか、と。
カフェの梁(左)。もともとあった天井を生かし、懐かしさのある内装にこだわった
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
「僕は30歳でデザインの道をあきらめ、家業に入っても中途半端で、会社の存続まで危ぶまれるところまできてしまった。自分のキャリアが点にしか見えず、自分を認めることができていませんでした」
「でも、考え方を逆にすると、そんなキャリアを歩んできたのは僕だけしかいません。点を一本の線にすることができたら、強みになるかもしれないんです」
経営を知るために通信教育で学んでMBA(経営学修士)を取得したことも、考え方を変革するきっかけになりました。
創業ゆかりの地で、過去のデザインの経験を生かしながら、漢方をもっと身近に感じられ、「未病」からアプローチするカフェをオープンする。点と点をつなぐことで自分ならではの形にするmokkadoの構想が固まりました。
黒ごま、生姜シロップ、きなこ、玄米フレークなどを使った「黒ごまきなこのかき氷」(左)とチャイ(右)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO
「漢方は誰もが飲んでいいものではありませんが、桂皮(ケイヒ)はシナモン、生姜(ショウキョウ)はしょうがなど、スパイスに置き換えると日常的に誰でも取り入れることができます。店内には薬草を植え、身体だけでなく心も豊かになれるような居心地のよさを目指しています」