今週のふたご座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
非連続的な生を生きる
今週のふたご座は、ある意味では以前と同じなのに、ある意味で変化している何かに気が付いていくような星回り。
「周囲のものの非現実性の感覚。私は一度この感覚に襲われたことがある。そして、多くの人はこの感覚を、精神的な病が発症する前に感じる。すべてがなんとなく現実でないように感じられるのだ。しかしそれは、不明瞭に見える―あるいは、ぼやけて見える―といった感じではない。すべてはいつもと全く同様に見えるのである。」(『心理学の哲学―1』)
ここで言われている「周囲のものの非現実性の感覚」とは、さながら『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』で、のび太たちがタイムマシンで妖怪にすっかり支配されパラレルワールドと化した現在世界に戻ってきた時のような、よそよそしい異物感にも似ていますが、にも関わらずのび太のママはあくまでママであることには変わりないのです。
過去から現在に戻ってくる前と後では、外見的は変わらないものの(実際には中身は妖怪にすり替わっている)、ただその「アスペクト(相貌、表情)」は微妙に変わった、と哲学者のウィトゲンシュタインは表現してみせた訳です。あなたも、そうしたある種のゲシュタルト崩壊としての「アスペクト変化」を察知していくことになるかも知れません。
今週のかに座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
すってー、はいてー
今週のかに座は、すこし楽に構えられるようになっていくような星回り。
「我庭の良夜の薄(すすき)湧く如し」(松本たかし)は昭和十六年(1941)年の作で、月にほのかに照らされた薄(すすき)を「湧く如し」と表現したところに言葉の深いあやを感じさせる一句。これまでもそこに生えていたものの、月光を浴びた「薄」を見て、作者は改めてまるで初めてそれに気付いたかのような新鮮な印象を抱いたのでしょう。
一方で、「我庭」という言い方には強い愛着を感じますが、それはみずからの人生や生き方への充足感や執着が潜んでいる、内的世界の象徴なのかもしれません。そこに、ひょんなことから月光が差し込み、無数のすすきが湧いて出たのです。
身から出た錆ならぬ、庭から出た薄という訳ですが、それはいつの間にか根を張っていたもののもたらした果報であり、余計な力が抜け落ちて、わずかながらしがらみから解放されたことを意味しているのではないでしょうか。あなたもまた、こころや身体にすこし余裕をもたせることで、初めて見えてくるものが出てくるはずです。