「岩手県北上市の冬は寒いけれど、カシミヤとか華やかなものがこの土地から生まれれば、元気が出るんじゃないかな。少しでも明るい話題を提供したいです」と宇土さん
写真提供:UTO(ユーティーオー)
2011年に岩手県北上市に工場を持ちました。東日本大震災のあった年です。北上市は震度6程度で一部の建物は被害を受けましたが、内陸部なので津波による被害はありませんでした。
岩手に工場を移したのは、たまたま廃業するニット工場が北上にあり、そこのスタッフと一緒に仕事をやりたいと思ったからです。以前から何らかの形で東北の復興支援をしたいと考えていましたので、このタイミングで岩手に移転先が見つかったことはご縁だと感じています。
今の工場は、北上川の支流である和賀川を望む高台にあり、すぐ下には田んぼが広がっていて、眺めがよいところが気に入りました。
職人は12人おり、20〜30代前後です。ものづくりが好きな若い人は多いけれど、生活していけないから、その道を諦めてしまうのが現実。若い人がものづくりで暮らしていけるためには、福利厚生を受けられるように社員にして、給料で彼らの子どもが大学に行けるまでの稼ぎをしようね、と言っています。
工場の若い職人さんたち
写真提供:UTO(ユーティーオー)
そのためには、それができる値段でニットを売ることが大事。難しいことだけれど、高く売らないとうちの社員たちは幸せになれないから、付加価値を付けて、他と差別化をして、高く売る努力をするんです。
ーー2024年からは英国の名門店「ハンツマン」が取り扱いを始めるそうで、海外で認められつつあります。
やるからには目指すのは「世界最高」です。世界は絶対にいけると思っていましたので、問題はいつやるか、だけだったんです。
原料は世界一ですし、ものづくりの面でも、今まで世界の名だたるブランドの工場を見てきましたが、どの工場で働く人たちよりも、うちのスタッフたちのほうが絶対にいい。海外でも負けない自信がありました。
南青山オフィスからの眺め
Hidemi Shinoda for OTEMOTO
今回、イギリスで飛び込み営業をしてくれた社員には、「行くなら上から行け」と言ってありました。どこへ営業に行くにしても3回行くなら、レベルが高いところから行けと。「ハンツマン」のマネージャーさんがうちのニットを触って、「これはすごい」と即、取り扱いが決まりました。
最高レベルで勝負したいとずっと思っていましたが、「世界で一番いい」と、誰が言ってくれるかが問題ですよね。世界中のセレブがあそこで一度はニットをつくってみたいという「ハンツマン」のマネージャーさんが言ってくれるとは、うれしい限りです。
よそに負けないものをつくるのって相当に時間がかかるものです。世界からオーダーがくるようになるまで、うちは30年もかかりました。
痛い思いをしないと考えは出てこないでしょう。ただ座っていても絶対に出てこない。いじめられて悔しい思いをして初めて出てくるんじゃないのかな。そして、実際にそれをやる勇気があるかどうかです。と言うより、大風呂敷を広げる「無謀」さもあるかもしれませんね。
その道を進んでみたら、いかに予測していても、予測通りにならないことがあります。どんな道も通ってみないとわからないんですよね。世界で最高のものをつくる。描いた夢にまた一歩近づきました。
OTEMOTO