香川県の豊島にある「檸檬ホテル」は、2016年に瀬戸内国際芸術祭の夏会期でオープンした体験型のアート作品。一日一組限定の宿泊施設にもなっていて、繁忙期ともなれば半年先まで宿泊予約はいっぱいに。そんな気になる作品と、その島で暮らす檸檬ホテルの支配人の酒井さんを訪ねて、豊島に行ってきました。
ちょうど2年。生活もすべて豊島に移している
檸檬ホテルの支配人の酒井啓介さんが香川県の豊島(てしま)に移住したのは、ちょうど2年前のこと。それまでは、食べるスープのスープ専門店「Soup Stock Tokyo」やファミリーレストラン「100本のスプーン」などの事業を展開する東京のスマイルズで働いていたそうです。それもそう、「檸檬ホテル」の作家はスマイルズ。2016年の瀬戸内国際芸術祭に参加して作品を発表し、その後も同ホテルを作品&宿泊施設として運営しています。
酒井さんが島に移って、檸檬ホテルの支配人になったのは、会社でやりたかったことと、個人でやりたかったことが良いタイミングで結びついたからなのだとか。「檸檬ホテルができたのは、瀬戸内のレモンの産地に行った時に『レモン畑の中に泊まったりできる場所があったらよくない?』といったスマイルズの社長である遠山のひらめきからでした。もちろん、作品をつくる段階から宿泊施設になることを想定していましたが、最初は瀬戸内国際芸術祭のアート作品の展示としてだったんです。それが、そのあとも宿泊できる方が良いということになって…」と、酒井さんは話します。
酒井さんが社会人になってちょうど20年経った頃のこと。「この先の生き方を考えていました。どうしても都心では人間関係が希薄になることが多く、もう少し人と向き合ってコミュニケーションや関係性を築ける仕事がしたいなと思っていたんです。そんな時に社長の遠山に、週末だけ郊外でできるような、おもてなしの仕事をやってみたいと相談したところ、檸檬ホテルという面白いプロジェクトがあるから携わってみない?という話になりました。じぶんとしても地元に密着した場所で、そこに関わる人間の人生プロジェクトのようなものになったら、作品としても、もっともっと面白くなるんじゃないかと考えたんです」と、当時を振り返ります。
島に住むという理由
「地元民と島を訪れる方の双方のつながりが、瀬戸内国際芸術祭の会期のように一時的なものではなく、もう少し地域に密着した関係性が築けたら、作品としても、もっと面白くなるんじゃないかなと思います。そこで、檸檬ホテルのように一つのアート作品が宿泊施設になれば、お客様は一日でもこの町の住人になることができます。たとえば、こんなところで生活したいけど、仕事もあるし、家族もいるし、なかなか実現できない。でも、檸檬ホテルのように空間を提供する人たちがいると、一日だけでも豊島で過ごす経験ができるのではないでしょうか」と酒井さん。
そんな、酒井さんに、豊島を訪れる人たちへの思いを聞いてみました。「もちろん、訪れた方には豊島をもっと知ってほしいし、美味しいものがあれば食べて行ってほしい。綺麗なものがあれば見てほしいし、楽しい人がいれば話してほしい。とくに豊島にフェリーで来ると非日常感があります。私たちもお客様との出会いを、じぶんたちの人生と重ね合わせたり、あらゆるものが檸檬ホテルという空間、作品と一つになれたら、すごく面白いんじゃないかなと感じています」。
それもすべて、誰かが継続して「ここ」にいるというのが前提であって、酒井さん自らこの町の生活者になった方が説得力があり、豊島で暮らしているじぶんたちにも納得感が生まれるからなのだとか。
檸檬ホテルの魅力
檸檬ホテルは、もう間もまもなく建てられてから100年になる民家を再構築しています。その魅力は、作品の鑑賞や宿泊で、作品の中の世界観にどっぷり浸かれること。作品の鑑賞方法は、イヤホンガイドの音声に従って檸檬ホテルを巡ります。たどり着いた場所にあるのは、島内に移住された草木染めのアーティストがレモンの枝と葉を使って草木染めした布で覆われた黄色い部屋の檸檬写真館。ここを訪れた人と、二人の頬でレモンを挟んで「ほほ檸檬」の一枚を撮影できるようになっています。「ほほ檸檬」とはいったいどういうものなのか、それは実際に訪れるまでのお楽しみに。
檸檬写真館は宿泊者の客室にもなっていて、宿泊では1棟まるごと貸し切るスタイル。食事は夕食と朝食を提供し、食材も島の野菜を生産者から譲っていただいたものを使っているのだそう。ロケーションは東南側にレモン畑が広がり、民家も離れているのでその贅沢な景色を独り占めできます。星空がとても綺麗で、車通りもないのですごく静か。宿泊は1棟を2名からグループなら6名まで利用できて、思い思いに過ごすことができます。
酒井さんにとっての豊島とは
酒井さん曰く、小さい島の方が東京にいる時よりも人との出会いが多いのだそう。瀬戸内国際芸術祭もあり、海外からの方が多く、一日ここにいて日本語で案内ができない日もあるほど。ちょうど、著者の私が檸檬ホテルで酒井さんと話している間にも、平日にもかかわらず、国内外から多くの旅行者がアート作品を鑑賞しに訪れている姿がありました。
「豊島は島民の魅力がすごく強い島だと思います。その中で私たちも豊島で暮らしている者として過ごせる。そこがすごく嬉しいところでもあります。生活している人がいるからこそ、素敵だと感じることができて、島を訪れた人たちは、島の人たちの生活の営みを享受させてもらっていること。特別なものではなく、そこにある日常を感じてほしいですね」と酒井さん。
ゆらゆらと穏やかな風にたなびく草木染めの布のように、ここにしかない豊島の日常を、かけがえのない時間を過ごしに、出かけてみてはいかがでしょうか。檸檬ホテルの扉に書かれた「ほほ檸檬しなさい」ということばの先にあるのは、訪れたものだけが味わうことができる、島の日常と、作品の非日常の狭間にある、甘酸っぱい思い出なのかもしれません。
photo / 渡邊 孝明
檸檬ホテル(レモンホテル)
香川県土庄町豊島唐櫃984 豊島唐櫃岡地区(作品番号30番)
鑑賞時間 10:30〜16:30(最終入館受付16:00)
鑑賞料 500円(税込)
休館日 火・水曜(月・火曜が祝日の場合は水曜休。12月〜2月は火・水・木曜休)
宿泊料金 1棟(定員2〜6名)につき43,200円(税別)/食事(夕朝食)1名6,480円