isutaでは今週も、SUGARさんが贈る週間占いを配信。
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2021年上半期の運勢も配信しているので、こちらもぜひチェックしてくださいね♡
今週のおひつじ座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
スケール大きくはかりごとせよ
今週のおひつじ座は、動かしがたい現実を動かしていく計画を立てていくような星回り。
「下萌や石をうごかすはかりごと」(高浜虚子)という句は、作者73歳の頃の句。春が近づいてくれば、少しずつ水がぬるみ、やがて草が萌える。掲句はそれを「石をうごかすはかりごと」という言い方で捉えてみせています。
「下萌(したもえ)」の下とは枯草の下の意であり、厳しい冬をじっと耐え春をたのむ心。それを中長期的なスパンで見つめるまなざしがあって初めて、庭の「石をうごかす」というビジョンは「はかりごと」、つまりあれこれと算段を立てて考えた計画となっていくのです。作者の頭の中には、きっと下萌が石を動かしていく様子を定点観測カメラで捉えたようなシーンが映像化されていくはず。
作者の言葉で「句なり歌なりはその生活の流の上に浮いている泡である。生活は地下を這うている竹の根である。俳句や和歌は地上に生えている竹である」とありますが、生きたビジョンからは自然と心地よい音が聞こえてくるもの。あなたも、こうなったらいいなという未来の踏み石となっていくような計画を構想し、その具体的な手順を練ってみるといいでしょう。
今週のおうし座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
<私>はあなた
今週のおうし座は、風に吹きっさらしの「世間」というむき出しの現実にさらされていくような星回り。
津島佑子の連作短編小説『光の領分』の主人公である<私>は、藤野という男と結婚している若い母親。藤野は経済的な理由から、婚姻関係を結びながらも<私>と別居しており、愛人と暮らしている。藤野は別居するにあたり<私>の引っ越し先を勝手に決めてしまうが、当初の<私> はそれに対して「一人の男に引き摺られて行く快感」を覚える。しかしやがて藤野の身勝手な態度に疑問を抱くようになった<私>はその部屋を出て、夫の名前「フジノビル」というビルの最上階の一室に住み始めます。
はじめは偶然の一致だと考えていた<私>も、物語終盤で「私はビルの名前にも、自分自身の夫との深いつながりを感じ、それに身をまかせてみようと思っていたのかもしれなかった」と回想している。つまり<私>はみずからのことを「夫」に従属する「妻」として自分で位置付けていた訳ですが、同時にそのことに違和感を覚え、抵抗し続けているという矛盾した状態にあったということになります。
作中で<私>は繰り返し夢を見ますが、他にも偶然聞いたテープの音声や、訳の分からないことをわめく酔っ払いの口から、メッセージなのか幻聴なのか分からない言葉を聞いてしまうのも、きっとそんな身分の定まらない不安定さゆえ。今週のあなたもまた、世間から保護膜によって隔てられるのではなく、むしろ世間に飛び出していくための最適な出入口を見定めていきたいところです。
今週のふたご座の運勢
illustration by ニシイズミユカ
アースにアースする
今週のふたご座は、居ずまいを正しておのれを律していこうとするような星回り。
カルデラを伴う活火山・浅間山の様子を詠んだ句「春星や女性浅間は夜も寝(い)ねず」(前田普羅)。この句の重点は「女性浅間(にょしょうあさま)」という語にかかっており、火口から立ちのぼる噴煙が夜もうちなびいているさまを「夜も寝ねず」と感じ、どこか潤むような「春星や」という呼びかけと照応させていくことで、浅間山の生命感がより一層強く深く宿っていくように思われます。
俳句は実際の自然の景色を詠うため、必ずどこかに絵画的な要素がなくてはいけませんが、色彩だけではなく骨格がしっかりして、その上での肉付けでなければならず、さらにそこに生命感が流れているのでなければなりません。同様に、浅間山がただ峻厳さをもって眼前に聳えているだけでなく、愛隣のこころに満ちて燃え続け、人びとを温かく抱き寄せ、またこれを育む母性としてそこに在ることを、掲句ほどごく自然に詠んだ句はそうそうないでしょう。
あなたもまた、ただ知識をもっておのれを飾り立て、快楽原則的な反応に終始するのではなく、作者のような毅然とした気魄をもって自然や他者と向きあい、その内奥に感じ入っていく姿勢を心がけていきたいところです。