電話で相談しづらい理由
この活動をするまでは私も、虐待をしてしまうのは何か事情がある特別な人なんだろうと思っていました。でも、取材をすればするほど、自分ももしかしたらそっちの方向に行ってしまうのではないかという危機感を強く覚えるようになりました。
私は長女が1歳半になるまで、ほぼワンオペ育児状態でした。夫(オリエンタルラジオの中田敦彦さん)は土日や深夜も関係なく仕事があり、夫を送り出してドアがパタンと閉まった瞬間、いつも取り残された感覚になっていました。守らなきゃいけない小さな命と二人きりで向き合う責任の重さを感じると、不安でたまらなくなったんです。
周りの母親たちに聞くと、子育てでつらくなることはあるけれど、児童相談所(児相)や自治体の窓口などには相談しづらいといいます。相談することで「虐待している親だと思われたらどうしよう」という心配があるからです。
いぬぬがTwitterで呼びかけたアンケートにも、児相に相談するのはハードルが高いという意見が多く寄せられました。「電話する余裕がない」「電話だとうまく話せるかわからない」「まず文字にすると落ち着くかも」「夜に気が滅入るので24時間いつでも相談したい」といった意見もあったことから、LINEでならもっと気軽に相談できるのではないかと考え、LINE相談窓口の設置などを盛り込んだ提案書を厚生労働省に提出しました。
ーー厚生労働省には同時に、Twitterで集まった5000超の子育て世代の声も印刷して届けていました。要望書には、児童虐待の防止は「今の社会に生きる大人たち全てが共通に課せられた責任」と書かれていました。
はい、児童虐待は家庭の経済状況、地域社会からの孤立など複合的な要素が絡み合って起こるので、構造的に変えなければならないことが多くあります。誰にとっても他人事ではないんです。
2018年7月10日、厚生労働省で大臣あてに児童虐待の根絶に向けた提案書と要望書を提出。Twitterで集まった5000を超える子育て世代の声も届けた
出典:BuzzFeed Japan
愛と虐待は地続き
親が子どもを所有物のように扱ってしまうのは、裏を返すと子どもの成長にとても大きな責任を感じているからだとも思っています。
子どもが食事を食べてくれないことが虐待のきっかけになるという話を聞いたことがあります。確かに、せっかく作った食事を子どもが嫌がったりひっくり返したりしたら腹が立ちます。でもその食事を食べてほしいという思いの根本にあるのは、わが子に健康に育ってほしいという愛だったはずです。
子どもが勉強しないことに怒ったり殴ったりする親も、もともとは子どもの将来をよくしたいと願っていたはずです。そうした愛がこんがらがって虐待につながっているケースもあり、愛と虐待はまさに地続きです。
親だけが責任を感じて孤立して愛がこじれてしまわないよう、子育てを社会で担い、風通しをよくすることが大事だと思います。
点だったものが線に
2018年7月3日、渋谷区長の長谷部健さんに、LINEを使った子育て情報の発信についてヒアリングする犬山さん、坂本さん、福田さん
出典:BuzzFeed Japan
ーー活動をはじめてから変化を感じることはありますか。
児童虐待はさまざまな要素が結びついていて、いろいろな事情があってすぐには変えられないこともあり、最初は徒労感もありました。
それでも、児童相談所の職員の数が増えたり、こども基本法が成立したりと、点だったことが少しずつ線になってきていることには希望を感じています。
2018年7月に渋谷区長の長谷部健さんとお会いしたとき、渋谷区にネウボラ施設(妊娠から出産、子育てまで切れ目なく支援する拠点)の構想があると聞き、期待していました。3年後の2021年8月に開設された施設を見学する機会をいただいたときは感慨深いものがありました。
厚生労働省に提案していたLINEの相談窓口は、東京都で試験運用ののち、2019年から本格実施されています。
こうした変化や前進を知ると、とてもやりがいを感じます。私はこの活動をいつかやめようとは思っていなくて、海外にいてもどこにいてもライフワークとしてやっていくつもりです。取材したことがその後どうなっていくのかを含め、継続的に発信していけたらと思っています。
渋谷区長の長谷部健さんにお会いし、坂本美雨さん、犬山紙子さんとお話を伺ってきました。渋谷区はLINEをつかった子育て情報の提供など、子育てママのニーズに寄り添った取り組みをしているなぁと感じました。渋谷区ネウボラ施設もできるということで楽しみです!#こどものいのちはこどものものpic.twitter.com/2t7ffw6DD8
ーー2023年4月1日には「こども基本法」が施行されます。すべての子どもが個人として尊重され、適切な養育を受け、愛され、守られるべきだという、まさに「#こどものいのちはこどものもの」を定めた法律です。
4月のこども家庭庁の発足を前に、小倉将信こども政策担当大臣にプレゼンする機会をいただきました。そこで提言した内容のひとつにLINEを活用した子育て世帯への情報発信があるのですが、さっそく推進チームが立ち上がり、出産や子育てに関する行政手続きをデジタル化する方向で進んでいます。
民間のスマートフォンアプリと連携して産後ケアや一時預かり、病児保育などのサービスをオンラインで申請できる仕組みも検討されていて、対策のスピード感を感じます。
一方で、日本は2022年の出生数が80万人を下回り、少子化が深刻です。子どもにどれだけ予算をつけてどんな対応をしていくかは、まさに日本の将来につながります。