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流行りものはないけど暮らしがある。石見銀山から女性を元気づける、松場登美さんの「生き方産業」

ライフスタイル

小さな町の女性を勇気づける

大森町に住み始めた頃は、山の中腹に自分だけの居場所を見つけ、そこから町並みを眺めては「ここならやっていける」と勇気を奮い立たせていたときもありました。

でも、今となってはつらいことがなくなって、山に上ることもなくなりましたね。年々「なぜあんなことにこだわっていたんだろう」と思うくらい、どうでもよくなって楽になってくるんです(笑)。年齢を重ねるのは素晴らしいことだと最近、思いますね。

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1991年から毎年、撮影している町民の集合写真は「元気ポスター」と呼ばれている
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

若手の女性経営者と話すと、以前の自分と同じように悩んでいる人が少なくありません。ある方に「登美さんがやっていることは、小さな町の女性を勇気づける」と言われたことがあります。

私には大きな資本があったわけでも、特別な技術を持っていたわけでも、恵まれた環境があったわけでもありません。地方の田舎に嫁ぎ、自分のやりたいことを進めてきました。結局、行動を起こしさえすれば誰にでもできることを、私はやってきただけなんですね。

ただ、人との出会いには本当に恵まれました。そのご縁を広げることで、いろいろなことがよい方向に進んできました。よくスタッフにも話している柳生家の家訓を改めて思い出します。

「小才は縁に出会って縁に気づかず、中才は縁に気づいて縁を生かさず、大才は袖すり合った縁をも生かす」(戦国時代の剣術家、柳生宗矩)

「なかよし別居」という選択

私が「自由に生きていける」と確信できたのは、大吉さんという夫との出会い、石見銀山という地域との出会い、他郷阿部家との出会い、この3つの出会いのおかげです。それぞれが「あ、これでいいんだ」と自分の価値観を納得させてくれるものでした。

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石見銀山を訪れた人が宿泊できるように、登美さんが暮らしながら改修した他郷阿部家
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

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阿部家の廊下に垂れ下がっているのは、冬につくる「柚餅子」
写真提供:石見銀山群言堂グループ

他郷阿部家は、234年前に建てられた武家屋敷です。誰が見てもボロボロで、誰も買いたがらない屋敷を買って、そこに住みながらぼちぼちと地元の職人さんたちとともに直し始めました。私が阿部家に住み始めたことで、夫とは20年ほど前から別居しています。

夫は、私のやりたいことを尊重してくれる最良のパートナーです。人生はお互い一度きりで、今の時間は今しかないわけだから、今を楽しまなければもったいない。そういうことを理解し合えた結果の「なかよし別居」でした。そんな私たち夫婦の関係を「信頼と自立」と言ってくださった方がいます。

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大吉さんは、すぐ近くにある大吉さんの生家の隣で暮らしている。生家には孫たちが愛用している自転車が置かれていた
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

阿部家を自分の手で改修し、誰かのために食事をつくる。頭を働かせ、手を動かして、何かを形にする営みを日々繰り返すことで、何が自分にとって本当の幸せなのかをはっきりと確信し、豊かさってどういうことなのかも自分の中で腑に落ちてきたように思います。

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​​群言堂本店は、購入当時に築150年だった古民家を改修した広々とした空間。ギャラリースペースもある
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

何も売らない空間

人は、気持ちのいい場所や元気の出る場所、美しい場所に足を向けます。そう感じていただける場所をつくりたくて1989年、30代後半で夫とオープンしたのが、現在の群言堂本店となるBURA HOUSEです。

私たちは、昔から引き継がれてきた日本の暮らしや文化の良さを再認識したうえで、未来につなげていく「復故創新」を目指しています。そのひとつが「非効率なことを大事にしよう」という考え方です。

都会に行くとビジネスは効率が優先されがちで、坪単価いくらの売上が求められます。ここでは広い敷地をめいっぱい使い、広い庭をつくり、お店の2階は何も販売しないスペースにして、ゆったりとした空間そのものを楽しんでいただけることを大事にしました。

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群言堂本店の2階から中庭を望む
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

また、ものの価値も再定義しています。私はテキスタイルから服をつくる仕事を何十年もしてきましたが、市場に流れるものは安価なものが多くなりました。高ければいいというものでもないですが、貧困にあえぐ国の環境汚染や恵まれない労働環境などの犠牲のうえに安価が成り立っていることもあります。コストを下げるため大量に生産して大量に廃棄をしていることも問題です。

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自然光が入る店内

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Akiko Kobayashi / OTEMOTO

人間がこんな状況をつくり出していいのかという疑問がありましたから、群言堂では日本の地方に残っている産地と手を組んで、安くはないけれど愛着をもって長く使っていただけるものづくりをしています。

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